第5話
第5話
「ほう、これは凄い」
道具屋の主は、エンゼルの持ち込んだ鏡を見て、感嘆の声を上げた。
「なに? なに? すっごい、お宝なの?」
フロルは鏡を覗き込んだ。その鏡は人の頭ほどの大きさで、施された銀細工からも、それなりの値打ち品であることは推測できた。
「ああ、これは間違いなく、6大占具のひとつ「天空の鏡」じゃ」
「天空の鏡?」
エンゼルとフロルは、顔を見合わせた。
「なんだかわかんないけど、ネーミングからして凄そうね」
「もちろんじゃ。これを持つ者は、この世界のあらゆる事象を、この場にいながらにして見ることができるんじゃ。しかも、その事象は現在だけに留まらず、過去や未来の出来事すらも映し出すことができると言われている。まさに、伝説のアイテムなんじゃよ」
「凄いじゃない。なら、これがあれば、世界中の隠し財宝、見つけ放題ってことね。よかったわね、エンゼル」
フロルはエンゼルの背中を叩いた。
「いや、そう簡単な話じゃないぞ、嬢ちゃん。このアイテムは神器じゃからな。使い手を選ぶんじゃ。そして、この鏡に選ばれた者しか、その真価を発揮させることはできんのじゃ」
この世界のマジックアイテムは、その能力によって、魔器、獣器、人器、王器、神器に分けられている。そして王器と神器は使い手を選び、特に神器を使えるのは、世界で唯ひとりだけなのだった。
「そうなの? ケチ臭いわね」
フロルは眉をしかめた。
「で、選ばれたかどうかは、どうやったら、わかるわけ?」
「確か、この鏡を持って「天空の鏡よ。我が声に応えよ」と言えば、鏡が光って教えてくれるという話じゃ」
「……光んないわね。やっぱ、しょせん道具屋の親父は、道具屋の親父ってことね」
「当然じゃろ。こんな道具屋の老いぼれが選ばれたら、苦労せんわい」
道具屋の主は気分を害しつつ、エンゼルを見た。
「どうするね、お客さん? 売ると言うなら、高値で買い取らせてもらうよ?」
「その前に、まずあたしたちが試すのが先でしょ」
フロルは鏡を手に取った。しかし、鏡にいくら呼びかけても、無反応なままだった。
「やっぱ、ダメみたいね」
「ほれみい。だから、言わんこっちゃない」
道具屋の主は、嬉しそうに言った。実のところ、さっきフロルに言われたことを、結構根に持っていたのだった。
「まだ、わかんないじゃない」
フロルは、エンゼルに鏡を差し出した。
「さ、やってみて」
「やってみてって言われても……」
エンゼルは困惑しつつ、鏡を受け取った。
「ボクなんかが、そんな凄い鏡に選ばれるわけがないよ」
「いいから、早く」
「わ、わかったよ。て、天空の鏡よ」
エンゼルは鏡に呼びかけた。すると、鏡が光り輝いた。
「なんと……」
道具屋の主は驚きに目を見張ったが、1番驚いていたのは、当の本人だった。確かに、この鏡を最初に見たとき、何か惹かれるものを感じてはいた。だからこそ、危険を承知で、石像が持っていた、この鏡を手に取ったのだが……。
「やったじゃない! やっぱり、あたしの目に狂いはなかったわね。さすが、あたしの見込んだ男」
フロルは、笑顔でエンゼルの背中を叩いた。
いつ、君に見込まれたの、ボク?
エンゼルはそう思ったが、口には出さなかった。
「やったじゃない。これでお宝ゲットし放題よ」
能天気に言うフロルに、
「そう簡単にはいかんよ」
道具屋の主が水を差した。
「どうしてよ?」
「そのアイテムは、強力なだけに、制約もまた多いんじゃ。使い手が限られることもそうじゃが、もし使い手が己の欲望の赴くままに使えば、その鏡はやがてその持ち主の魂を吸い込んで、永遠に閉じ込めてしまうと言われておるんじゃよ」
「何よ、それ。それじゃ、せっかくのレアアイテムも、意味ないじゃない」
「まあ、物には限度があるということじゃよ。小金を稼ぐ程度であれば、その鏡も許してくれるじゃろうから、それで満足しておくんじゃな」
「それじゃ、つまんないじゃない」
フロルは不平を漏らしてから、
「あ、そうだ。じゃあ、あんた、その鏡を使って占い師やったら」
エンゼルにそう提案した。
「占い師?」
「そう。あんた、予感のサイキックがあるって言ってたし、パーティー追い出されたのも、仲間にあれこれアドバイスし過ぎたせいなんでしょ? でも、占い師って、そのアドバイスするのが仕事なわけで、一言多いあんたには、ピッタリな職業なんじゃない。ね、やってみなさいよ」
一言多いのは、君のほうだと思うけど。
エンゼルはそう思いつつ、口には出さなかった。
ともあれ、エンゼルはフロルに勧められるまま、この街で占い師を始めることにした。
すると、エンゼルの占いは、よく当たると、すぐに街で評判となった。そしてエンゼル自身も、自分のアドバイスによって、人々が幸せになっていくことに、喜びとやり甲斐を感じだしていた。
こんな穏やかな生活も悪くはない。
いつしか、エンゼルは、そう思うようになっていた。
そんな、ある日のことだった。
「エンゼル!」
フロルは店の扉を勢いよく開け放つと、
「あんたの出番よ!」
エンゼルを指差した。
そして困惑するエンゼルに、
「今度、うちで王位継承権を賭けて、占い勝負をすることになったの。だから、あんた、あたしの推薦者ってことで、この勝負に参加しなさい。あ、言い忘れてたけど、あたし、フルネームはフローデン・レーチェル・ド・レイバッハって言って、この国の第2王女なの。あ、それと、これはもう決定事項だから。あんたに拒否権はないから、そのつもりでね」
フロルこと、フローデン・レーチェル・ド・レイバッハは、そう言い放ったのだった。