第4話
第4話
「え? 今なんて?」
エンゼルは、思わず聞き返した。
「だから、もうお前とはやってられないって、言ったんだよ」
リーダーのフランクは、冷たく言い捨てた。
「そんな、どうして?」
エンゼルには理解できなかった。フランクたちとは、衝突したこともあったが、ここまでうまくやってこれたと思っていた。現に、今回の冒険でも、地下迷宮にあった財宝を手に入れることに成功している。別れる理由などないはずだった。
「どうして?」
フランクは、声に不快さをにじませた。
「そんなこと決まってんだろ。おまえがウザいからだよ」
「ウ、ウザい?」
「そうだよ。何かあるごとに、リーダーのオレを差し置いて、イチイチ指図しやがって」
「指図なんて。ボクは、ただよかれと思って」
「それが余計だってんだよ! おまえは治癒術師だろうが! 治癒術師なら治癒術師らしく、ケガ人を治すことだけ考えてりゃいいんだよ! なのに、すべてにおいて口出ししてきやがって。オレたちは、おまえの駒じゃねえってんだ!」
「そ、それは、前にも話しただろ。ボクには「予感」のサイキックがあって、危険なことを事前に察知することができるって」
「それが、そもそも眉唾なんだよ。なんだよ、予感のサイキックって。予知や感知ならまだしも、予感なんて、しょせん勘みたいなもんだろ。そんな不確かなもんのために、これ以上振り回されるのはまっぴらなんだ。もし、おまえの予感とやらが外れて、パーティーが全滅、なんてことになったら、それこそ取り返しがつかないからな」
「…………」
「とにかく、これはパーティー全員の総意だ。おまえとのパーティー契約は、今日限りで終了だ」
フランクはそう言い捨てると、エンゼルの部屋を出ていった。
「じゃ、そういうことだから」
「悪く思わないでね」
「達者でな」
居合わせた仲間たちも、そう言い残し、エンゼルの部屋を出て行ってしまった。
1人残されたエンゼルは、理不尽さを噛み締めていた。
フランクの言うとおり、治癒術師の自分は、傷ついた仲間を治療することしかできない。だからこそ、自分にできることで、少しでもパーティーの役に立とうと思っただけだったのに……。
だが、落ち込んでばかりもいられなかった。
別のパーティーに入るにしても、すぐに見つかる保証もない以上、先立つものが必要だった。
幸い、手元には、まだ少し資金が残っているし、昨日のクエストで手に入れた鏡もある。もっとも、その鏡を無理して手に入れようとしたために、トラップが発動して、仲間から愛想を尽かされることになったのだが……。
ともあれ、これも金に変えれば、当面の生活には困らないはずだった。
エンゼルは、鏡を入れた荷物袋を手に宿屋を出た。しかし道具屋に向かう道すがら、子供に足を引っ掛けられ、荷物袋を奪われてしまった。
「ま、待って! それを持って行かれたら、ボクは」
エンゼルは、子供を追って路地裏に入った。すると、さっきの少年が、見知らぬ赤毛の少女に取り押さえられていた。
その少女は、ショートカットにチュニックと短パンという軽装もあり、見た目は少年のようだった。
「まったく、あんたは性懲りもなく、こんな真似して」
エンゼルよりやや年下の、15、6歳前後の少女は、子供から荷物袋を取り上げると、
「はい、あんたのでしょ」
エンゼルに差し出した。
「あ、ありがとう。助かったよ」
エンゼルは荷物袋を受け取ると、安堵の息をついた。
「ほら、あんたも謝んなさい」
少女は子供に頭を下げさせようとしたが、その手を振払われてしまった。
「うるさい! いつもいつも邪魔しやがって!」
子供はそう捨て台詞を吐くと、路地裏へと走り去ってしまった。
「まったく、もう」
少女は子供の後ろ姿を見送ると、エンゼルに向き直った。
「あの子も悪いけど、あんたも悪いのよ。ボーっと歩いてるから。これからは、気をつけるのね」
「ご、ごめんなさい」
エンゼルは恐縮した。実際、返す言葉がなかった。
「あたしはフロル。あんたは?」
「えっと、エンゼル・ストラッドです」
「オーケー、エンゼルね。あんた、見ない顔だけど、行商人か何か?」
「えーと、一応、冒険者、です」
「冒険者? あんたが? そんなヘナチョコなのに?」
フロルは、胡散臭そうにエンゼルを品定めした。
「ボ、ボクは治癒術師だからね。戦闘は専門外なんだよ」
エンゼルは、ムッとなって言い返した。恩人とはいえ、初対面の少女に、そこまで言われるのは、さすがに自尊心が許さなかった。
「怒った? ゴメン、ゴメン。あたし、思ったことは、つい考えなしに口に出しちゃうのよね。それで、いつもお父、さんたちからも怒られちゃうんだよね」
フロルは頭をかいたが、本気で反省しているようには見えなかった。
「いいよ。それに、冒険者といっても、ついさっき、仲間に三行半を突きつけられちゃったから、今は無職みたいなもんだし」
エンゼルは苦笑した。というか、笑うしかない状況だった。
「三行半? 仲間に見限られたってこと? そんなヘッポコ治癒術師なわけ、あんた?」
フロルの言葉に、悪意はない。だが、それだけに傷つくのだった。
「違うよ」
エンゼルは、ついさっきあったフランクとのやり取りを、フロルに話して聞かせた。別にスルーしてもよかったのだが、これもエンゼルの自尊心が許さなかったのだった。
「ふーん、予感のサイキックねえ」
フロルは、興味深そうにエンゼルを見た。
「でも、よかったじゃない」
「え?」
「そんな狭量な連中のパーティーなんて、どうせ長続きしないわよ。バカが無茶やらかして全滅する前に本性がわかって、むしろラッキーだったと思うべきだわ」
「そ、そうかな?」
「そうよ」
フロルに断言され、エンゼルの気分は、いくぶん和らいた。
「で、そのラッキーボーイが、あんなところで何してたわけ?」
「えーと、当座の資金を調達するために、手に入れた財宝を換金しようと思って」
「ああ、だから、そんなに大事そうに抱えてんのね。てゆーか、そんな大事なもの盗まれそうになるなんて、ホントドジね」
フロルの悪意のない毒矢が、再びエンゼルの胸を刺し貫いた。
「そういうことなら、あたしもついて行ってあげるわ」
「え? いいよ。そんなことまで、してもらわなくても」
エンゼルは謝辞したが、本音を言うと、これ以上フロルと関わりたくなかったのだった。無駄なダメージを負うことになるから。
「遠慮しないでいいわよ。また、さっきみたいなことがないとも限らないし。それに、個人的に興味があるのよね。冒険者がゲットした、お宝ってヤツに」
「それって、どういう」
「さ、そうと決まれば、行きましょ。あたしも、早く見てみたいから」
フロルは、エンゼルの腕を引っ張った。
「決まってって、何も決まってな、あ、ちょっと、待って」
エンゼルは反論したが、フロるは聞く耳を持たなかった。
結局、フロルにリードされるまま、エンゼルは彼女と一緒に道具屋へと向かうハメになったのだった。