第2話
第2話
「死ぬって、あんた、病気か何かなのか?」
ホムラは眉をしかめた。シャイレンドラは健康そのもので、とても余命いくばくもない病人には見えなかった。
「いえ、病気じゃありません」
「じゃあ、何かの呪いにかかってるとか?」
「いえ、かかってません」
「じゃあ、なんで死ぬなんてわかるんだ?」
「大婆様が言ったんです。おまえは、もうすぐ寿命を迎えるって」
また大婆様か。
ホムラは内心で毒づいた。
「大婆様、大婆様って、結局のところ、ただの占いだろ」
ホムラにしてみれば、占いとは、しょせん当たるも八卦、当らぬも八卦。せいぜい参考程度の代物であって、自分の人生を委ねるようなものではないのだった。それに、
「本当に、そんなに凄い占い師なら、その死の運命を変える方法も、占いでわかるんじゃないのか?」
でなければ、占うこと自体が無意味ということになる。
「それは、無理です」
「それって、持って生まれた人の運命は、絶対に変えられないってことか?」
「いえ、大婆様は、その直後に亡くなってしまったので、聞きたくても聞けないんです」
「そうだったのか。そりゃ、悪いことを聞いたな」
「いいんです。ともかく、そんなわけで、わたし、もうすぐ死ぬんです。だから幽霊のあなたが現れたとき、むしろ納得したんです。ああ、この人が大婆様の言ってた人なんだって」
「なるほど。て、納得してる場合か」
ホムラは1人ツッコミした後、シャイレンドラに尋ねた。
「つ-か、あんたはそれでいいのか? 今会ったばかりの、しかも幽霊が相手で?」
「はい。何も問題ありません」
シャイレンドラは、またも笑顔で即答した。
「むしろ、ホッとしてるんです。ずっと、相手に悪いと思ってましたから。もうすぐ死んでしまうわたしが、運命の伴侶なんて」
「いやいやいや、絶対おかしいからな、その考え方」
ホムラは、右手で顔を押さえた。
そもそも、自分の死を当たり前に受け入れてる時点で、まず根本的に間違っていた。普通、自分がもうすぐ死ぬとなったら、なんとかして抗おうとするものだろうに……。
「あんたも占い師なんだろ? だったら、自分で自分の未来を占えばいいんじゃないのか? そうすれば、どこでどんな死に方するかわかるだろうから、それを避けるように行動すればいいだけの話だろ」
「それは無理です。占い師は、自分の未来は占えないんです」
「そうなのか?」
「はい。自分のことを占おうとすると、どうしても雑念が入ってしまうので、うまく占えないんです」
ああ、そういえば昔、そんな情報を見た気がする。アレ? 何で見たんだっけ?
ホムラは小首を傾げたが、答えは出なかった。
「それに、大婆様の話だと、占術は本人の資質に寄るところが大きい。つまり、力の強い占術師は神に選ばれた存在なのだから、その力を私利私欲のために使うと、神の罰が下るそうなんです」
「じゃあ、どこでどう死ぬか、まったくわからないってわけだな」
「場所はわかりませんが、長くて1年ぐらいだと言ってました」
「1年ね」
そういうことなら、話は簡単だった。
「ということは、だ。もし、その1年を超えても、あんたが生きていた場合には、その大婆様の占いは外れたってことになるな」
「確かに、そうなりますね」
「そして、もしそうなった場合は、俺があんたの伴侶になるっていう、その大婆様の占いも信憑性がなくなることになる」
「ああ、確かに、そういうことになりますね」
「よし、だったらこうしよう。俺は、これからの1年間、あんたを守る。そして、もしその間にあんたが命を落としたら、あんたの大婆様の占いは正しかったってことで、予言を受け入れる。だが、もしその1年を過ぎても、あんたが生きていた場合は、その大婆様の占いは絶対じゃないってことになるから、俺があんたの伴侶だという話もなかったことにする。それでどうだ?」
その大婆様が、どんなに凄い占い師か知らんが、人の生き死にが、あらかじめ決まっててたまるか。
ホムラは内心で毒づいた。
「はい、それでかまいません」
「決まりだな」
ホムラは内心で安堵していた。
これで、1年間この子を死なせなければ、晴れて自由。プラス、自分の正しさが証明されることになる。
問題は、病気になった場合だが、話を聞いている限り、その可能性も低そうだった。そうなると、後は外的要因のみとなる。
ぶっちゃけ、俺が使えるのは「エナジ-ドレイン」と「サイコキネシス」と「召喚」だけなんだけど、まあ1年ぐらいなら、なんとかなるだろ。
ホムラは、そう軽く考えていた。
「それって、わたしと一緒にいてくれるってことですよね?よかった。わたしの言うことなんて信じられるかって言われて、離れていかれたらどうしようかと思ってたんです」
「それはないから、安心しろ。そもそも、どのみち女の1人旅は危険だから、目的地まで送っていこうと思ってたし」
それ以前に、シャイレンドラとは、肝心なところで話が噛み合ってない。
その違和感が、どうにもホムラの調子を狂わせていた。天然系というか、今まで出会ったことのないタイプの人種だった。
「で、あんたは、これからどこへ向かうつもりだったんだ?」
「え-と、レイバッハ国の王都です。その国の王子様が、わたしに用があるそうなんです」
「王子様が、あんたに?」
なんか、一気にうさん臭い話になってきたな。
ホムラは眉をひそめた。
「はい、わたしも詳しいことは知らないんですけど、なんでも現在の王様が引退するらしくて、その後継者を「もっとも優れた占い師を連れてきた者」にすると、決められたそうなんです」
「なんだ、そりゃ? なんだってレイバッハの王は、そんな訳のわからんこと言い出したんだ?」
「なんでも、そう神のお告げがあったんだそうです」
「神のお告げねえ」
すべては、運命の言うとおり、か。まったく、どいつもこいつも。
ホムラは内心で毒づいてから、
「ん? だとしたら、あんたの死は、その王子様の呼び出しが関係してる可能性が高いんじゃないのか? だったら行かないほうが」
「そんな失礼なこと、できません」
シャイレンドラは即答した。その目には、迷いも怯えの色もなかった。
「……まあ、あんたがそう言うなら、それでいいけど」
シャイレンドラにとって、ホムラはしょせん他人に過ぎない。百歩譲って、仮の婚約者だとしても、人が自分の意思で決めたことに口を出す権利など、誰にもないはずだった。たとえ、それが神であろうとも。
それに、1国の王族の依頼を断れば、どんな不興を買うかわからない。それはそれで、後々面倒なことになりそうだった。
「ていうか」
「なんですか?」
「そんな重要な用件で呼び寄せるなら、普通、護衛の一団ぐらい、つけるんじゃないのか」
死なれたら、それだけ王位が遠のくことになる。
この物騒な世の中、途中で何があるか、わからないのだから。
「いますよ」
「どこにだよ?」
ホムラは、周囲を見回した。どっかに隠れているのなら、引きずり出して文句のひとつも言ってやらないと気が済まなかった。
「ここに」
シャイレンドラは、倒れている男たちを指差した。
「はい?」
ホムラは、思わず間の抜けた返事をしてしまった。
「この人たちが、王子様の使いとして、わたしを迎えに来た人たちです」
「は? でも、さっきコイツら、あんたを襲おうとしてただろ」
だからこそ、ホムラも助けに入ったのだった。
「はい。そうなんです。ここに来たら、突然剣を抜いて「ここで死んでもらう」と隊長さんが仰られて。わたしが無理を言って、寄り道させてもらったから、怒ってしまったんでしょうか?」
「……なるほどな」
推察するに、コイツらはライバル王子の手下だったってところか。それで、迎えに来たフリをして、暗殺しようとしたってわけだ。自分の主を、次の国王にするために。
あくまでも状況からの想像だったが、それが1番考えられる可能性だった。
「なら、話は簡単だ」
「何がですか?」
「コイツの体に入って、あんたと一緒に王都に行けばいいんだ。それで万事解決だ」
ホムラは隊長らしき男を指さした。
「ああ、そうして、この人たちに役目を全うさせてあげるわけですね。本当に、お優しいんですね」
シャイレンドラは、能天気に微笑んだ。
「ちげーよ。コイツらは、おそらく王位継承権を持つ誰かに命令されて、あんたを狙ったはずだ。で、そのコイツが命令を実行せずに、あんたと一緒に王都に戻ったら、コイツらの主はどう思う? どうして命令を実行しなかったのかを問いただすために、必ず接触してくるはずだ。つまり、コイツに乗り移って、一緒に王都に行けば、自動的に、あんたを殺そうとした犯人がわかるって寸法なんだよ」
「ああ、なるほど。でも、そんなことをしたら、この人が罰を受けてしまうんじゃないですか?」
「あのな、自分を殺そうとした奴だぞ。そんな心配して、どうする?」
「でも、命令されて、仕方なく従っているだけかもしれませんし」
「だとしてもだ。ていうか、そんな心配いらねえよ」
「どうしてですか?」
「黒幕が接触して来たら、俺がその場でヤキいれてやるからだ」
それでも懲りなきゃ、息の根止めてやる。元魔王をナメんなよ。
王族ならば、何をやっても許される。そういう身勝手な輩は、拳で思い知らせるのが1番手っ取り早いのだった。
「はあ、でも、そんなことをしたら、今度はホムラさんが、悪霊として退治されてしまうんじゃありませんか?」
シャイレンドラの指摘に、ホムラは言葉を詰まらせた。
「そんな危険を犯してまで、犯人探しをする必要はないと思いますけど? わたしも、こうして無事だったんですし」
「……わかった。なら、この案はボツにする。それでいいだろ?」
ホムラはタメ息をついた。シャイレンドラの話を聞いているうちに、なんだか疲れてきてしまったのだった。
それに、たとえ誰が何を企もうが、自分が守ればいいだけの話。
ホムラは、そう割り切ることにした。
「じゃ、行くか」
とはいえ、ここからレイバッハの王都まで、女の足だと1週間はかかる。あてのない旅ならともかく、現状でそんな悠長なことをしていたら、またいつ刺客に襲われるとも限らない。
「なら、こうするまでだ」
ホムラは、サイコキネシスでシャイレンドラの体を浮かび上がらせた。
「ホ、ホムラさん、何を?」
シャイレンドラは困惑しつつ尋ねた。
「空を飛んで行くんだよ。あんたの足で進んでたら、またいつ刺客に襲われるか、わからねえからな」
ホムラの力なら、2、3時間で王都に着ける。さっさと着いて、さっさと目的を果たせば、それだけリスクは減ることになる。
「じゃ、行くぞ」
ホムラはシャイレンドラを連れて、レイバッハ王国へと飛び立った。
こうして、ホムラは予想外の形で、道連れを得ることになったのだった。