兵士長ベールヴァルド(前編)
俺はベールヴァルド。東にあるハーフルトから中央にある王都イブラントへ続く見張り塔及び関門の兵士長をしている。
今非常に由々しき事態が発生してしまい、私は頭を抱えたくなっている。というのも東のハーフルトから少し離れたハーフルグ草原で大規模な爆発が起きたのだ。
それがちょっとした爆発ならまだしも、呼ばれて出兵して言った兵士に聞いた話によれば凄まじい爆発だったそうだ。
「さて...どうしたもんか....」
俺は執務机に向かって唸っていた。この爆発はすぐ王国の耳にも届くだろう。何せハーフルト草原からかなり離れたこちらの見張り塔まで塵やら小石やらが吹き飛んできたのだ。
どちらにせよ俺は王国へと報告書を提出しなければならない...。
とは言っても当事者本人たちからことの真実を聞き出さなければ詳細な報告書も書けないわけで、俺は最近入団したばかりの新人兵士のヘンリクを通じて明日の10時から聴取を行うと当事者へ通達を出した。
「早朝にでも兵士達を偵察に向かわせねばならんな...おいユリウド!」
「なんですか?兵士長そんな眉間にしわ寄せて。ただでさえおっさん面してるのに、それじゃさらに老けて見えますよ。」
「黙っとれ、俺はまだピチピチだわ!!」
この見るからに陰険な野郎はユリウドだ。俺が兵士長になる前からの馴染みで、俺の補佐係をしてもらっている。兵士団の中では俺を怖がらない唯一の存在だが付き合いが長い分当たり前だろう。
「で、なんですか兵士長。」
「あぁ、明日の早朝1番に兵士を例の場所へ偵察に出してほし。その連絡とあとお前も明日一緒に向かって現状の把握を頼む」
「あぁ、例の少年の事ですね。兵士の間でも話題になってますよ。なんでも見張り塔まで兵士を呼びに来た少年の話では魔法で吹き飛ばしたって話ですから。」
「魔法だと?魔法を使える者なんてここらじゃ初めて聞いたぞ」
魔力を持つ魔物が居る中で魔力を持つ人間は少ない、ましてや今のハーフルト含めイブラント王国が収めるこのイブラント大陸中であれだけの巨大な魔法を行使できる魔力を持つ様な人間は魔道協会に所属する上位の魔道士4名と王国騎士団の騎士団長しか俺は知らないのだ。
「はぁ...厄介な事になりそうだぞ...」
取り敢えず大まかな報告書を書くためにペンを走らせようとも動きが自然と鈍くなる。バカ正直に書いてもいいのだが、相手は子供だ。家族がいる子供を引き離すような事はしたくない。
「兵士長、まーた"可哀想だからなんとかしたい"とか思ってますね?」
「相手はまだ子供だぞ。こんな事が知られたら魔道協会や魔道士に有用性を感じてる王国が黙ってないだろう?親から引き離すなんてそんな可哀想なことできるか...!」
「兵士長、昔から顔は怖いおっさんなのにやる事が甘ちゃんなんですから」
甘ちゃんとは酷い言われ用である。せめて思いやりがあるとか優しい心の持ち主だとか、善良な人だとか言って欲しい。
「ともかくそういう訳で明日は頼んだぞユリウド。」
「わかりましたよ、兵士長。兵士長も誤魔化す言い訳ぐらい考えておいて下さいね。手紙バトから預かった手紙によると王国騎士団の耳には入ってるようですから。出来るなら明日の夕方までに必ず。」
なんということだ。俺にはどうやら言い訳を考える時間すらもあまり残されていないらしい。
とりあえず詳しい話がわかるまで報告書は書かないでおこう、そう考えながら心配で痛む胃を抑え俺は一日を終えた。
___まだ日も登らない早朝に俺は起きる。
「おはようございます、兵士長」
「あぁ、おはよう」
ユリウドが見当たらないという事は偵察班はもう此処を出たのだろう。出来ればあまり大事になっていない事を祈るばかりだ。俺は穏便に済ませたいんだよなぁ...。
その待ってる間が長かった。鐘ひとつもなっていないのに長く感じる。1時間、いや2時間...それ以上の感覚かもしれない。それでも報告を待つしかない俺はひたすら待ち続ける。
東の空がほんのり茜色を纏って来た時だった。ユリウドの声で兵士長室の部屋がノックされる。
「入れユリウド。それで被害はどれほど深刻だ?兵士からの報告が上がっていたヴァルシーカーはどうなった?」
「はい、兵士長。私がが確認した中で爆心地含めその周辺にヴァルシーカーの姿は見受けられませんでした。ただ...被害が凄まじくその状況に至っては把握しきれてません。近くにあるハーフルトの村も被害を受けてる可能性があります。」
俺は思わずこめかみを指で抑える。この報告だけで物凄く頭痛がするのだ...。
そもそも被害の把握が出来ないとは何だ?それ程大きな規模の爆破だったのか??そこにユリウドが言葉を付け足していく。
「おおよそですが爆破の直径は1.2km程、爆破の被害は半径4〜5km程まで拡がってると思われます。....って兵士長。眉間に皺寄せてるとシワ増えますよ...」
「うるさい...ただでさえ頭の痛くなる報告だと言うのにお前は良く平然としてられるな?これだけの被害を上手くまとめて報告書に書くための言い訳が全く思いつかんのだ...」
「でしょうね」
くぅ〜...!でしょうねって何だ!でしょうねって!俺はこんなにも苦労しているのに!!!
こいつに俺の報告書を全部丸投げしてやりたい...!
「あ、ちなみにですが兵士長。報告書はご自分で書いてくださいね。」
くっ...心の声が読まれてた...!
俺はどうにもならない気持ちを胸にしまい込んで、兵士長脇の自室へと逃げ込んだ。
さて...どう報告書を誤魔化すか...そんな考え事ばかりが頭をぐるぐると回る。
_____カラーン、カラーン.......
そんな事を考えながら何も手につかないまま10時の鐘が鳴ってしまった。これから俺は少年たちから詳しい話を聞かねばならない。
「ヘンリク、例の2人を呼んできてくれ」
俺は気が重いながらも自室からのそのそ出ると兵士長室まで来たヘンリクへ少年を呼ぶよう伝える。
暫くして扉がノックされた。
「例の2人を連れてきました」
「入れ」
俺は姿勢を正し威厳ある兵士長の姿で彼らを迎え入れる。
そして、入ってきた2人を観察するように眺める。俺から見て左にいるのが多分兵士を呼びに来た少年だろうか?今にも泣きそうな顔で俯いている。右側の少年は多分魔法を放った張本人だろうが、そっちの少年とは違って随分と肝が座っているように見えた。
俺はヘンリクを部屋から出るよう促した。
___さて...どうするか...
無言の沈黙が部屋を包む。
「...おい」
自分でも驚く程に低い声が出てしまい俺は少し焦る。
するとあの肝の座っていそうな少年が噛みながら返事をする。いくら肝が座っていそうとは言えやはり子供だなと少し安堵した。本当の事を言えば少々俺も警戒していたのだ。
俺は自分の予想が的をはずれ余りにも馬鹿らしくなったのと、その少年の微笑ましい姿に思わず吹き出してしまう。
彼らは少し釈然としない表情でお互い見合わせているが空気が少し和らいだことにそれで良かったのだと俺は思った。
「ではまず名前から教えてほしい」
そう俺が尋ねると最初に自己紹介を始めたのはやはりあの肝の座っていそうな少年だ。
彼の名前はウルフというらしい。ふと気がついたのだが、このこの服が物凄い破れ方をしているし、血痕のようなものもある。
___後で替えの服でもやるか...。
次はあのオドオドしていた少年だがホルグと言うのか...。
あのウルフという者とは真反対の性格だな。
彼がヴァルシークの出現を知らせに来た子だろう。
「さて...それでは昨日のあの爆発についてだが...」
そこからウルフの説明が始まった。
簡潔にまとめればヴァルシークの群れに襲われ、見張り塔まで逃げようとしたが間に合わず、ホルグを見張り塔へ行かせ自らはヴァルシークと戦おうとしたらしい。
その中で"シャイニングバーストという魔法を使用したら大きな火の玉が出現して大爆発を起こしたという。
そもそも魔法を使える物自体がそんなに居ないので俺は魔法に詳しくはないし、その魔法がどの程度のものなのか全く検討もつかない。取り敢えず報告に上がっている被害は大規模な様なので相当なのだろう。
それにだ...魔法は魔術具を使用して発動するものだった筈だ。
それは王国の魔導師協会へ属する魔導師達も皆同じはず。
王国騎士団の騎士団長も魔剣とやらを使用して魔法を行使している。
どれを取っても俺が聞いた話はにわかに信じ難い話だった。
兎にも角にも現場を見て見ねば俺もその破壊力の実感はできないし、ウルフも多分どの程度の魔法を使ったのか全くわかっていないだろう。
俺はヘンリクを呼び彼らを連れて視察に出ることにした。
村について書こうとしてましたが先にベールヴァルド視点で書きたいと思います。
ここだけの話、兵士長は普段は俺ですがユリウドから以前に仕事で対話する際は私を使ってくださいと怒られていて、俺と私どっちも使ってます。
次は後編です