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第8話

「ディアーナ!」


 ほどなくシルヴィオ殿下も部屋に戻ってきた。

 そして迷わず突進してきて、わたしを抱き締めた。


「殿下」

「ああ、やっとあの娘から解放される……」


 本当に辛かったらしいので、慰めるように抱き締め返してから、手を伸ばしてシルヴィオ殿下の髪を撫でた。


 わたしが弁明することでもないけれど、ヒロインは本当にヒロインなだけだ。

 前世で読んだ悪役令嬢物の小説みたいに電波なところもない、普通の女の子。

 遠くから見てる限りは本来シルヴィオ殿下にここまで嫌われるほど、酷い子ではない。

 今のところ攻略対象ときゃっきゃうふふと仲良くしているだけで、普通の人にとっては毒にも薬にもなってない。

 乙女ゲームの序盤なので、どの攻略対象とも恋人レベルのべったりではなく、ある人とは普通の友達レベルから一歩踏み込んだり、またある人とはちょっといい雰囲気になったりと、そのくらい。


 シナリオ補正のせいかばっちり勘違いされてるので、確かにわたしは関わりたくはないけれど……シルヴィオ殿下の精神には、繰り返したループの四回が傷を残しているんだと思う。


 悪役令嬢に理不尽にいじめられ、狙われるというイベントを経て、ヒロインと手を下した攻略対象との親密度が上がっていく……んだけれど、今回は肝心のシルヴィオ殿下がこうなので、おそらくノーカウントになるだろう。

 ここからシナリオの強制力が強く働いてシルヴィオ殿下をシナリオに乗せられるなら、一回目の途中で正気に戻ることだってなかったはずだ。

 ループに入る前の一回目に、シルヴィオ殿下が途中で正気に戻りかけたことこそが、おそらくは一番のイレギュラーだった。


 しかし攻略対象たちにある程度の強制力が働いていることも、この作戦には必要な前提だ。

 この先も彼らはシナリオに沿って動く……のでないと、彼らに婚約破棄の件の口封じはできないので、そこから噂になってしまうリスクがある。

 でもシナリオ優先なら、彼らはゲーム的都合で進行状況を把握できない他人のシナリオについて言及しないはずなので、婚約破棄の件もそうそう口にしないはずなのだ。


「……魔女殿、空気を読んでくれ」


 そのまま抱き合って、シルヴィオ殿下の髪を撫でていたら、シルヴィオ殿下が不機嫌に言った。


「ここで空気読んだらダメでしょ、ディアーナ嬢の貞操的に」

「読んでくれ。今日まで我慢したんだから」


 もちろん抱き合っている間も魔女が見ているって、わたしもわかっている。

 魔女の前で抱き締められるくらいは慣れてしまった……しょっちゅうだったから。


 だけど、今日のこれは、ちょっと恥ずかしい……魔女に出ていけって言って、出ていったら何をするのか……やっぱり、するのよね?


「私はシナリオが終わるまで、あなたのいない時は彼女の護衛をするのよ? 護衛よ? 今こそ出てっちゃまずいでしょ? ケダモノと二人っきりになんかできないわよ」


 ははん、と半笑いで魔女が言う。


 しょうがないので、シルヴィオ殿下の腕の中で首だけ傾げ反らして、魔女を覗き見た。


「魔女様」


 呼びかける声に、納得を込めて。


「……本当にいいの? 貴女はそれで幸せになれるの?」

「きっとなれます。わたくし、殿下が好きですから」

「正直、物好きだと思うけど……この世界を救うためには、貴女の幸せが最優先だから、仕方ないわね」


 そう言った後、魔女は跡形もなく姿を消した。


「ディアーナ……」


 これでわたしたちは、二人きりだ。


「殿下」


 シルヴィオ殿下を見上げて、話しかけようとした瞬間、抱き上げられた。


「でっ殿下! ちょっと待って……!」


 シルヴィオ殿下はそのまま風を切るような速さで、寝台に向かっていってしまう。


「待たない!」

「待って、少しだけでいいからお話を」


 寝台に乗せられて、押し倒されるまであっという間だったけれど、やっとそこで少しだけ止まってくれた。


「……少しだけだよ」

「わたくし……確認したかったのです」


 寝台で、シルヴィオ殿下の腕の中で、なんだかもう手遅れな気もするけれど。


「シルヴィオ殿下……今のわたくしで本当にいいですか? 前世を思い出したことで、わたくしはただのディアーナだった頃とは少し違っていますでしょう?」


 これに見ないふりをしていても幸せにはなれないと思うから、引き返せるうちに訊かなくてはならない気がしていた。

 こんなぎりぎりになってしまったけど。


「ああ、違っている……前の君はもっと令嬢らしかった」


 今のわたしは、令嬢らしくないのか……!

 そこまでとは思っていなかったので、愕然とする。


「そ、それでもよろしいのですか?」


 わたしに圧し掛かりながら、間近でシルヴィオ殿下は皮肉げに微笑んだ。


「変わったと言うなら、僕の方がよほど変わった。違うか?」


 息を飲んだ。


 それは、確かにそうだ。

 以前のシルヴィオ殿下はヤンデレじゃなかった。


「僕は、今の僕でいいのかとは訊かない。訊いても君を手放す気はないから」


 ヤンデレだからね……


「……前世を思い出す前の君は、令嬢らしい気位の高さがあった。僕がマリアンに接触すれば、それが仕方のないことでも不機嫌になった。今の君にはそれがない。気位の高さがなくなって、ずいぶん穏やかになった。人は年経るとこうなる者も多いと思う」


 庶民的になったという変化ではなく、か、加齢による変化だと思われていたのね……

 前世を思い出した分、歳とって丸くなった……と……


「……どい」

「咎めるべき変化だとは思わない……ん?」


「ひどいです……! 老けたと思っていたんですね……!?」

「あ、いや、それは」


 目を逸らした……!


「……落ち着いたと思っていたんだ」

「取り繕ってもだめです」


「ええと、僕も気持ち的には前のように子どもっぽくはなくなったから、ちょうどよいと思う」

「誤魔化してもだめです」


 シルヴィオ殿下は少し視線を彷徨わせてから、おでこがつくぐらい顔を寄せて見つめてきた。

 どきりとして、文句が引っ込む。


「……君がいいんだ。前の君も大切だったけど、僕が子どもだったから、気位の高さが少しだけ辛かったこともあった。そこを神の悪戯につけこまれたと思っていたから、君が穏やかになった時、もし最初からこうだったらと、そんな勝手なことまで思ったよ」

「……わたしでいいんですか」

「君がいい」


 間近でシルヴィオ殿下が微笑む。

 皮肉さのない微笑みだった。


「今の君は昔みたいに稚気があったけど、ちょっと可愛かった。僕が大人になれればよかったんだな……もういいかい?」

「…………はい」


 そうして、返事をすると、そっと口付けが降ってきた……


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