第5話
「では、君は本当に前世を思い出したのか」
「はい」
やっとシルヴィオ殿下が上から退いてくれて、今は起き上がれている。
わたしはわけのわからないことを言い出したと思われたらしく、心配したシルヴィオ殿下が少しヤンデレを引っ込めてくれたのだ。
魔女は向かいの椅子に座り、シルヴィオ殿下とは並んで座っている。
ちなみに外とは時間の流れを変えているらしい。
止まっているわけではないけれど、わたしたちの話し合いが終わるまで待たせても外にいる者たちには一瞬のことだそうだ。
魔女とシルヴィオ殿下の接触が他の人に知られないように、今までも話し合う時にはこうしていたという。
「使った魔法がそもそも間違ってたってことね……」
一方で魔女は苦いものを飲み込んだような顔をしていた。
「確かにそうだわ、時を巻き戻して巡っている時間は前世じゃない」
この世界の宗教……神話では、転生の概念は普通のものだ。
人の魂は巡っているから死を恐れることはないし、次の世で幸せになるためにも今世では善人でなくてはならないというもの。
ただし前世のことなど普通は誰も憶えていないので、昔からその証拠を求める者のために前世を思い出す魔法というのがあったという。
わたしも世間話に、物好きの貴族が大枚払ってそれを魔法使いに使わせたとか、それはいんちきだったとか、そんな噂を聞いたことがあった。
魔力をたいそう使う魔法で、賢者とも言われるほど魔法を極めた者でないとできないとかいう話も聞いたことがある。
世界をループさせることができるほどの魔女なら、その魔法が使えても不思議はないだろう。
だけどその魔法では目的が果たせないということに気がつかなかった辺り、魔女はうっかりさんな気がする。
黒ずくめなローブの魔女らしい装束ではあるけれど、顔立ちは若い女性で、シナリオのラスボスの役目をあてがわれただけならば、それも仕方ないのかもしれない。
自分だって、失敗を繰り返す中で何か手段をと考えたなら一か八かでやるかもしれない。
「これじゃ王子の言った通りね。貴女がどうなったのか憶えていないなら事実上四回目と同じだわ」
魔女が疲れたように首を振る。
実はそれは、そうでもない……と思うけれど、どう説明していいかよくわからなかったので、まだ話していなかった。
「なら、魔女殿も認めてくれるだろう」
シルヴィオ殿下はわたしの手を握る。
押し倒された時には焦りしか感じなかったけれど、こうして触れあうと恥ずかしくなる。
顔が熱くなって、赤くなっているだろうと思った。
元々のディアーナはシルヴィオ殿下が好きだった。
悪役令嬢になっても不思議じゃないくらいには好きだった。
前世の混ざった今のわたしも、やっぱり好きだ。
ちょっとだけ不安なのは、シルヴィオ殿下が好きなのは元のディアーナで、前世を思い出して少し気品の欠けたわたしはお好みではないかもしれないことだ。
前世が庶民だったのでその影響だが、もしシルヴィオ殿下が望むなら、ディアーナの気品が取り戻せるかはわからないけれど、取り戻す方向で努力しようと思う。
……自分でもわかる変化はそのくらいだけど、他にも変わったところはあるだろうか。
自分の変化はわかりにくい。
「だからって諦めが良すぎよ。前回と同じになるとは限らないわ」
「同じになってからでは、もう遅い」
シルヴィオ殿下の手の力が強くなる。
「そのことなのですけれど……」
わたしはさっきより上品さに気をつけて口を開いた。
「わたくし、前世を思い出しました」
「ああ……それは聞いたよ。でも」
はしたないけれど、シルヴィオ殿下の言葉を遮る。
これを聞いてもらわなければならない。
「その、前世になのですけれど、この状況の元になった『ゲーム』がありました。わたくし、己がどんな目に遭ったのかは憶えていませんが、多分この『ゲーム』の流れはすべて知っています」
わたしの言葉にシルヴィオ殿下と魔女が目を見開く。
それに、力強く頷いてみせた。
「この世界に引き込まれた脚本は、わたくしの前世の世界で言う『乙女ゲーム』という娯楽の一つだったのです」
悪役令嬢のわたしの前世にそのゲームを知る魂があるのは、そこまで遊戯の神の仕込みだったのかもしれない。
悪役令嬢転生でゲームから来る悲劇を回避する小説も、たくさんあったもの。
だけどそれは上手くいかなかったのかも。
この世界で前世を思い出すのは、大変なことだから。
遊戯の神の見込みが甘かったのかもしれないけど、見込みの甘さで殺されたのではたまらない。
「貴女、『ゲーム』がわかるのね?」
魔女が身を乗り出した。
「わかります」
魔女は他の世界も覗き見られるらしいから、シルヴィオ殿下よりも多分ゲームを正しく理解している。
「おそらく一回目はシルヴィオ殿下のシナリオで、二回目以降は他の攻略対象……『ヒロイン』の取り巻きの男性たちの誰かのシナリオだったのではないですか?」
「おそらくそうよ。わたしもシナリオを全部知ってるわけじゃないの。この世界に強く関わるものを追いかけていって覗いただけだから」
わたしの手を握るシルヴィオ殿下の力がまた強くなって、わたしはシルヴィオ殿下の方を見上げた。
青ざめた顔がわたしを見下ろしている。
「君は……憶えてはいなくても、自分がどうなったか知っているのか?」
シルヴィオ殿下はわたしがループするゲームの時間の中でどうなったのか……不幸になった結末を思い出すことを、とても恐れていた。
わたしがシナリオを知っていると言えば、心配するだろうとわかっていた。
「大丈夫です、シルヴィオ殿下」
「大丈夫じゃない」
「大丈夫なんです。……だって、シナリオには悪役令嬢ディアーナが不幸になるところまでありませんでしたから」
――そう、この乙女ゲーム、レギュレーションは全年齢だったのだから。