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第3話

「……最初の時のことは、本当は思い出したくもない」


 片手で顔を覆ったシルヴィオ殿下を覗き込んだけれど、苦しそうな様子が窺えるばかりだ。

 並んで座るシルヴィオ殿下の側の手は強く握られていて、逆側の手では身を乗り出さないと届かない。

 仕方ないので、わたしの手を握っているシルヴィオ殿下の手を上から撫でた。


「辛かったですね」

「……君の方が辛かったと思う」

「でも、わたしは憶えていませんから」


 悲惨な死に方をしたと言われた時には恐怖したけど、シルヴィオ殿下の話はそのまま進んでいき、終わる間際にはもう恐怖は薄らいでいた。


 シルヴィオ殿下の話が真実ならば、すべては神の悪戯であって、責任を問える人はいない。

 主人公とされた女性がわたしの死を喜んだことは確かに恐ろしいけれど、その彼女も命を脅かされていたのだから本当に安堵したのかもしれないし、あるいはその台詞すら神の強いた脚本のものかもしれない。

 もちろん、積極的にお近づきにはなりたくないが。


「二回目以降も、同じだったのですか?」

「……違う」


 シルヴィオ殿下はゆっくり首を振った。


「二回目は、僕が気をつけていればいいと思っていた。一回目をすべて憶えているのだから、マリアンに近付かなければいいと。けれど、周囲はそうではないから接触を防ぎきれない。王子としての義務で何度か会う機会があり、その時はまだ彼女も神の犠牲者だと思ってしまって冷たくはあしらえなかった」


 シルヴィオ殿下は冷たい人ではない。

 わたしも浮気相手の彼女も犠牲者かと思ったのだから、シルヴィオ殿下だって思っただろう。


「……それすらも神によるものだったのかと、後からは思ったけれどね。僕は確かに一回目のことを憶えていて、二回目は一回目のようにはマリアンに溺れなかった。節度を持って接していたはずだった。けれど君には誤解され、君は脚本通りに動き、そしておそらく彼女を崇拝する男のうちの一人が君を害した――」


 二回目はそうして終わったらしい。

 世界はまた基点であるここへ戻ってきたようだ。


 語られているのは自分のことだけれど、やっぱり半ば他人事のように聞こえる。

 でも自分のことだと思ってしまったら怖くていられなくなりそうだから、これでいいのかもしれない。


「三回目は、君にも話さなくてはいけないのだと考えた。今日のようにすぐにではなかったが、君に神の悪戯によって破滅する運命を説明した。だが……」


 シルヴィオ殿下はゆっくりと顔を上げ、あの濁った瞳の表情のない顔でわたしをじっと見つめた。


「君は信じなかった」


 思わず息を呑んだ。

 今は信じようと思ったけれど、荒唐無稽な話であることは間違いない。

 信じられないと思ったとしても、不思議なことではなかった。


 かつてのわたしは、信じなかったのか。


「正確には、信じたふりをした。僕が言葉足らずで君に信じさせることができなかったのだと思う。僕は君が信じてくれていると思っていて、失敗した。気が付いた時には手遅れで、また時は巻き戻った」


 助けようとしたわたしに騙されてしまったのなら、シルヴィオ殿下が絶望したのも仕方がない気がする。


「申し訳ありません……」

「謝ることはない。憶えていないんだろう? そして信じられなくても、無理はない。だが……信じてくれなくては、君を助けることはできない。だから信じてほしい」


 わたしの手を握るシルヴィオ殿下の手に力が籠る。


「四回目、僕は三回目に失敗したことも含めてこの時に戻ってきてすぐに説明した。今は目の前に現れていないマリアンのことや、その周りで起こるはずの未来のことも語った。多分、四回目の君は半信半疑ながら信じてくれたと思う。僕も君も脚本に逆らうように、マリアンにはできるだけ近づかなかった。だけど僕が説明しただけでは足らなかったのか、どうしてもそうなる運命なのか……君はマリアンとその信奉者に誤解を招いて、やっぱり僕は君を助けられなかった……」


 そして今、五回目なのか。

 でも四回目にはわたしもシルヴィオ殿下の話を信じ、脚本に従わなかったのに、それでも失敗したのなら……これはもう避けようがないのではないだろうか。


「殿下……これは、もう、神の運命に逆らうことはできないということなのではないでしょうか……?」

「でも、君が幸せにならなければ、この呪いは終わらない」


 では、この世界は巡り続けるんだろうか。

 先に行けなくなった世界は、どうなるんだろう。


「正確には、多分後一回で世界が終わるようだけど」

「はい?」


 シルヴィオ殿下がさらりと聞き捨てならないことを言った。


「この世界が時を繰り返すために、何の力も使わないわけじゃない。最初の一回は黒い森の魔女の残る命と力と、その時間を操っていた遊戯の神の力だった。その次からは、遊戯の神の力を強制的に使ってやり直しをしているらしいよ。だから、もう遊戯の神の力は使い切られて瀕死らしい……黒い森の魔女によるとね。前回、次は足りるかわからないと言っていたから、もう一度繰り返せたということは最後まで搾り取ったのだろう。力尽きた神がどうなったのかはわからないが……消滅してしまえばいいのに」


 シルヴィオ殿下が口元が笑みを形作り、ぞくりと寒気がした。

 こんな風に笑う方ではなかったと思えば、わたしの知らない繰り返しが殿下を病ませたことは間違いない。


「多分、僕にとってもこれが最後だ。遊戯の神の介入した時間を繰り返していたから、遊戯の神の力を使っていたわけだからね。今回は足りても、次失敗したなら、もう繰り返すための力がないので、むりやり時間を巻き戻そうとすれば世界が壊れるかもしれないそうだ」

「それは大変じゃないですか……!」

「君が幸せになれない世界なんて、滅びてしまえばいいよ」


 シルヴィオ殿下は笑顔を浮かべるけれど、多分わたしは真っ青だ。

 自分のために世界が終わるとか、そんな。


「君が思ったように、僕も思っている。何度繰り返しても駄目なのではないかと。なら……」


 握られた手が、引き寄せられた。

 そのままシルヴィオ殿下の胸に体ごと引き寄せられて、抱き締められた。


「僕も幸せになりたい」


 完全に抱きすくめられて焦るけれど、身動きが取れない。


「そ、そうですよね……もう殿下も解放されていいと思います」

「君もそう思ってくれる?」

「はい……あの……もう、最初から婚約しないとか、主人公様が来ないうちに先に婚約破棄してしまうとかは、だめなんでしょうか……?」


 そうしたらシルヴィオ殿下は婚約者がいないので、恋人ができても浮気にならない。

 ディアーナは婚約者じゃないので、嫉妬する謂れもない。

 そもそも浮気にならなければ、誤解もできないのでは。


 そう思ったのだけれど……


「ディアーナ」


 耳元でとても優しいシルヴィオ殿下の声がした。


「僕も幸せになりたいんだ」

「はい」

「どうせ君が幸せになれないのなら、君をどこかに閉じ込めて、その日が来るまで君を僕のものにしておいてもいいような気がするんだ」

「え……」


 ぐるんと風景が回って、気が付いたら長椅子に押し倒されていた。


「もう……諦めてもいいよね?」


 この体勢はまずい、と頭の中で警報が鳴る。


「あっ諦めないでくださいませっ」


 体勢どころか、シルヴィオ殿下の手の動きがもっとまずい!

 何度も苦渋を舐めて絶望して、諦めてしまいたくなったのはわかる。

 わかるけど、これはだめだ!


 これは、あれだ、ヤンデレとか言う……


 あら?

 ヤンデレって何……?


 そう思った時だった。


「ちょっと! いやいやいや、待ちなさいよ! 監禁凌辱とか、『ゲーム』が始まる前から悪役令嬢が不幸になるような新しいことしないでちょうだい!」


 窓から黒ずくめの女性が飛び込んできた。


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