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終 そして、星空の輝きが

 そろそろ夜も遅い時間だからと、豆人が「見送ります」と言って、枝豆君と窓に向かった。

 てっきり外に出るのだろうと思って、ちょっと目を離していた僕は、小さなエンジン音が聞こえてハッとした。二階に豆バスが停まったのだと分かって駆け寄った時には、もうそこには何もなかった。


「二階にも豆バスは来られるの?」


 僕が好奇心たっぷりで尋ねたら、奴はまた小馬鹿にするような眉影を、でたらめで無気力な表情に浮かべた。


「回収式レールを敷くだけですから、高いところでも平気ですよ。川があればそこにレールを敷きますし、道路を渡らなければいけない時は、頭上にそれを掛けます」

「それも豆人協会が作ったっていう便利な発明品?」

「そうです」

「ふうん、まるで魔法みたいだ」


 僕は窓から夜空を眺め、豆バスが空中に敷いたレールを走っていく場面を想像してみた。乗客たちは、さぞ広大な星の川を走っているように感じるんだろう。


「つまらないと思ってたけど、案外、世の中って不思議なことだらけなんだね」

「奏吾さんは、まだ知らないことが多すぎるのですよ。不思議なことなんてありません。理解してみると、なんでもないようなことなのです」


 涼しげな夜風が吹き抜けて、カーテンがふわりと舞った。欠けた月がぽっかりと浮かぶ星空を眺める僕の隣には、窓辺に腰かける豆人の姿がある。買った本は、机の隅っこに積まれたままだ。


「そういえば、今日お爺さん豆人に会ったよ」


 僕がそう言うと、豆人はひょいと首をこちらに向けて「そうですか」と言った。どの感情をもってそう告げているのか分からないけれど、僕は視線を夜空に向けてこう続けた。


「不思議だったな。突然現れたかと思ったら、すぐにどこかへ行ってしまったんだ」

「豆人界では、老いるほど偉いお方なのです。数えられるほどしかいないのですよ。わたくしたちの成熟は、年月に関係しませんから」

「へえ。じゃあいつまでも子供だったり、青年だったりするの?」


 多分、僕には見分けがつかないだろうけれど。


 すると、豆人がそっと眉根を寄せた。僕は出会ってはじめて、豆人が遠慮がちに困惑の表情をしているのを見た。


「わたくしたちは、自分がどこから始まったのかは分からないのです。昨日まで同じ階にいた同僚が、突然成熟を迎えたように老いて、幹部の席へ移動することも珍しくありません。――だからわたくしたちの場合、老いを迎えていない者は、平均して皆『若者』なのです」


 つまり子供はいないということであるらしい。


 僕は「ふうん?」と首を傾げ、それから尋ねてみた。


「じゃあ、ずっと生き続ける豆人もいるのかな」

「中にはいるのでしょう」

「あれ? そういえば老人は『数えられるほどしかいない』って言ってたけど、でも若い豆人たちが老いたら、普通はその数も増えるんじゃないの?」


 すると、豆人が不思議そうに僕の顔を見つめてきた。まるで、僕の疑問が不思議でならないと感じているみたいだった。

 片方にぼんやりと浮かんだ眉影の下は、相変わらず「一、一、縦線に一」の顔だけれど、きょとん、とした感じが雰囲気で伝わってくる。


「わたくしたち豆人は、偉い人になるごとに身体が軽くなるのです。そうすると、最後は満点の星空へと向かって飛んで行くのです。空には豆人協会の一番偉い方々の組織がありまして、そこから、夜空の星をわたくしたちに分けてくれます」

「星って、あのキラキラと光る星のこと?」

「そうです。あれがないと、窓がない部屋だとか、夜の生活もすごく不便でしょう?」

 

 あ、こいつ、今は小馬鹿にしてるな。

 

 そっと眉影を強めた豆人は、肩越しに僕を振り返るような姿勢で、右の指を口にあてた。以前紹介された『いってらっしゃいポーズ』となんら変わりはないものの、僕は馬鹿にされている感を強く覚えた。実に腹が立つ顔である、


 僕は「ちぇっ」と言って、もう一度夜空を仰いだ。


「じゃあ、天国にのぼる人間の魂とも、擦れ違うかもしれないのかぁ」


 自分の口から自然とそんな呟きが出た時、僕は自分がよく見ている夢の意味に気付いた。

 僕は幼い頃に、大好きだったお爺ちゃんがいたのだ。僕はずっと、葬式で最後に寝顔を見たあの日から、お爺ちゃんに会いたくてたまらなくて、――だから僕は幼い頃、何度も夢の中でお爺ちゃんを捜していたことを思い出した。



 僕はお爺ちゃん子で、山奥にある一軒屋に預けられるのが楽しみだった。小学校通いが始まろうとしていた頃、学校へ行くのが嫌だとだだをこね始めた時期に、お爺ちゃんは倒れて病院に運ばれていった。

 年が明けてもお爺ちゃんは山に戻れなくて、僕の入学式の前に亡くなってしまったのだ。


 友達なんていなくていいから、毎日お爺ちゃんと一緒に遊んでいたかった。裏の山に山菜を取りに行って、お爺ちゃんの家事を手伝えるだけで幸せだった。お爺ちゃん以外の子供と遊ぶのは、きっと楽しくなんてない。僕はただただ、お爺ちゃんが恋しくてたまらない小学生時代を過ごしていた。



 それを思い出して、視界が滲みそうになった僕は、慌てて星空を見上げ「あんな遠いところにある星を、どうやってこっちらに送って来るのさ」と強がるように言った。

 けれど随分経っても返事はなかった。胸の奥に、幼い頃の記憶や感情を全てしまいこんで、ようやく視線を向けてみると、こちらを見つめる豆人の姿があった。


 豆人は、先程と同じポーズで僕を見つめていた。しかし、憐れむような小馬鹿な視線を向けるのに飽きたのか、ふと思い立った様子で姿勢を解いた。


 ひょいと窓辺から降りたかと思うと、豆人は僕の机に真っ直ぐ向かい、一番下の引き出しに付いた小さな扉を開けた。好奇心から覗きこんでみようとしたら、ミニチュアサイズの箒を持った豆人が出てきて、ゴミを僕の部屋に出すかのように履き始めた。


 これからは僕も、自分の部屋の床のゴミくらい掃除しなくてはならないのだろう。今や一人の部屋じゃないのだ、立派な同居人がいる。僕は怒るわけでもなく、そんなことを考えながら豆人の作業を見てしまっていた。


 ふと、豆人が手を止めて僕を見た。


「奏吾さん。電気を消してくださいませんか?」

「電気?」


 僕は言われた通りにしようと、電気のスイッチに歩み寄った。訝って彼の方を盗み見ると、豆人は小さな扉の前に履き出したゴミ――といっても埃や糸屑も僕には見当たらない――を撒き散らすように頭理を素早く駆け回って箒を動かしていた。


 僕は「やれやれ」と肩をすくめた。明日は日曜日なので、一階にある掃除道具を持ってこよう、と思いながら電気のスイッチを切った。


 パチン、と軽快な音が一つ上がって電気が消えた瞬間――


 室内は真っ暗になるだろうと身構えていた僕は、足元がきらきらと光っていることに気付いて「あ」と声を上げた。


 部屋の床に、眩しいくらいの無数の小さな光があった。まるで夜空の星が大量に集められて、ちりばめられているかのようだった。足元は一面光っていて、冷たくもなく暖かくもない星空の輝きが、僕と豆人の姿を浮かび上がらせている。


「これが『星』です。わたくしたちは、これを電気の代わりに使っています。空にいる偉大な豆人の方々は、豆人協会に星を送ってきてくれるので、わたくしたちはそれを分けてもらって生活しているわけです」

「へえ、すごく綺麗だ! いつもこれを床に敷いているの?」

「寝る時には邪魔になるので、普段は箱にしまっていますよ。あとはケースに入れて、強い灯りが必要な個所に掛けるのです」



 カーテンで月明かりを遮ってみると、部屋は星の広がる小宇宙になった。こうして上から眺めていると、自分が神様になって小さな宇宙にいるみたいに思える。



「不思議だなぁ、触ってみようと思って手を動かしても、何も触れる気配がない」

「人には触れないようです。わたくしたちの目と違って、明るい場所に置くと見えなくなってしまう特徴もあります」


 僕と豆人は、話しながら満点の星空と化した床に腰かけた。僕が床に触れても何も変化は起きないのに、彼が両手ですくうと、そこにキラキラと輝く星が集まって、思わず興奮して「すごい!」「羨ましいッ」と言ったら、彼が得意げに片足立ちをして、くるりと回った。


 しばらくはしゃいだ後、僕らは姿勢を楽に一息ついた。


 その時、豆人が再び立ち上がって、僕の前に歩み寄ってきた。物欲しそうな、それでいて見ていると気力が削がれていくような顔でこちらを見上げてくる。僕が訝って「何?」と尋ねると、彼は勿体ぶるようにたっぷり間を置いた。


 僕は、彼と過ごした数日間を思い返して、奴がまた妙なことを言い出すんじゃないかと思って、身構えてしまった。


「奏吾さん」

「…………何?」

「見事な『爽やかスマイル』です」


 豆人はそう言って、腰を引いた妙なポーズで左手を垂らしたまま、表情の変化もなく右手の親指部分にあたる場所に凸部分を作って見せた。下から星の光を受けた彼の片方の眉影は、キリッと上がって凛々しい感じに仕上がっている。


 爽やかスマイル――……


 つまりそれは、笑いましたね、と指摘されているのだと遅れて気付いた。

 

 こんなに子供みたいにはしゃいだのも、興奮して楽しくて笑うのも滅多になかったから、僕は自覚した途端に恥ずかしくなった。けれど気分はとても良くて、思わず苦笑して、彼と同じように親指を立ててこう返した。


「今のその表情、すっごくイケてる」

「モテ顔ということですか?」

「うん、そう。モテ豆人に、ちょっとは立ち向かえそうなモテ顔だったよ」


 すると、調子に乗ったらしい豆人が、その場で「にやり」とした。


 やるタイミングを完全に間違えている気がする。下からライトアップされた奴のニヤリ顔は、おぞましさのギャップ度を上げて、僕の網膜から脳を貫いてくるくらいに精神的な破壊力が凄まじかった。


 僕は「ぐはっ」と、精神的ダメージで脳を直接殴られたような声を上げて、意識を手放していた。

 記憶がぷつりと途切れる直前に見た、星の海の上でバレエのステップ&ターンを決め込んで、ジャンプまでし始めた豆人なんて、きっと僕の幻覚に違いない。何せ、めちゃくちゃダンスが上手かった。



 癒し系ゼロの珍妙生物の≪豆人≫は、「光合成の舞いです」と言いながら喜びをダンスで表現し、床の星を蹴散らしながら僕の身体の周りを悠々と舞っていた。

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