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1 拾ったのは珍妙な生き物でした

 高校一年生の二学期が始まったその帰り道、僕は変な生き物を拾ってきてしまったようだ。

 その小さい奴は「豆人です」と名乗ると、やる気もなそさうな顔で、植木鉢モドキから降りるためのそのそと動き出した。


 一見するとラッキョウみたいな頭をしていて、恐らく絵に描いたら米粒の方に近くて、それでいて素材は豆のようだ。


 そいつは頭が強いインパクトを与えている癖に、落書きみたいなでたらめな身体をしていた。胴体は棒のように細くて、唯一手と足の部分に小さな丸みがあるけれど、それはさまに落書きの棒人間のようにも見える。


 どこが関節なのかさっぱり分からないが、四肢がしなやかに曲がっているところを見ると、動きの柔軟性は人間と対して変わらないような気がしないでもない。


 一番の問題個所は、あのやる気がなさそうなふざけた顔だろうか。似顔絵を書いてみろと言われたら、僕は迷わず「数分足らずで正確に書けるよ」と豪語するだろう。

 正直言って、へのへのもへ字よりひどいと思う。


 真っ直ぐ伸びた目と口の横線、鼻を主張してはいる長い縦線。

 

 奴は、米粒顔に漢字の一と一を書き、その中央から長い一本線を引っ張って、小さな口を表すようにまた漢字の一とくる、まさに『一、一、縦線引っ張って、一』の顔をしていた。



「こんにちは、わたくし、豆人と申します」



 奴は植木鉢モドキから降りると、そこで改めてそう告げてきた。口がわずかに動いているのが見えるが、とくに表情の変化はない。


「あの、やる気がないんですか」


 僕が思わず尋ねると、彼はすぐに顔のことだと分かったようで、すかさずこう主張してきた。


「これは、わたくしの地顔です」


 そう述べたうえで、奴は更にこう言った。


「わたくしは、希望に満ちていてやる気も十分です」


 左腕でガッツポーズを決めてはいるが、気力のない作りをした表情を含め、若干腰を引いた姿勢も相まって、ふざけた身体と言葉が全く噛み合っていない現象が発生していた。

 僕はツッコミを入れるべきか悩んでしまった。豆人と名乗った彼は、あたりを窺うようにぐるりと見回して「良い家ですね」と、とくに抑揚も特徴も個性もない口調で言う。


 部屋にあるのは、勉強机とベッド、それからぎっしり詰まった二つの本棚だけだ。僕はよその同年代の少年の部屋を知らないから、「どうだろう」と前置きして「普通だと思う」と答えた。


「埋め込み式の戸棚がついているから、外がすっきりしているように見えるだけかもしれない」

「素晴らしい家です」


 どこをどう素晴らしいと理解しているのか全く伝わってこないが、豆人続いて、僕の勉強机の方を見やった。


 僕はその時、遅れて好奇心が込み上がって「質問をしてもいい?」と声を掛けた。

 豆人が「はい?」と小首を傾げるようにして、こちらを振り返った。見ていると、こっちのやる気すら下がっていきそうな顔だったが、僕は引きずられないよう気を引き締めてこう続けた。


「君は引っ越しをする生き物なの?」

「不思議なことを訊く方ですね。生き物は皆、引っ越しをするでしょう?」


 豆人はそう答えたが、よく分からずに黙りこんでしまった僕を、しばらく例の間抜け面でぼけぇっと眺めたあと「ああ、なるほど」と呟いた。


「豆人を見るのは初めてですか」

「うん。というか、こんなでたらめな小さいの、見たことも聞いたこともないよ」

「その割には大変冷静で、わたくしは、てっきり知っていらっしゃるのかと思いました」


 豆人は、僕が口にした『でたらめ』部分の言葉を、すんなりと受け流した様子でこう続けた。


「まぁ、見えていても認識しないだけですからね。だからこうして、すんなりと受け入れてしまうのだと思います」


 ひどく驚かれる方や、乱暴する方も稀にいますがと説明した彼に、僕は「他にも君みたいのは沢山いるの」と尋ねてみた。


「ええ、沢山いますよ。わたくしという豆人をはっきりと認識されているので、今なら、あなたにも見えると思います。結構あちらこちらにいますからね」


 あちらこちら、と聞いた僕は、その光景を想像して胸やけを覚えた。


 こんなふざけた顔の小さい珍妙な生き物が、ゴロゴロいるのも嫌だな……


「わたくしたちは、困っていても中々助けてはもらえないので、結構大変なのです」

「ふうん、普段は目に見えない不思議系生物も、色々と大変そうだね」


 僕が思い付いたままに相槌を打ったら、豆人が「認識されないということは、相手の人間にとっては『いない』のと同じですからね、大変困りものです」と頷いた。


「おかげで、仕事場もしょっちゅう変わります。わたくしたちは、引っ越しも多いのです。借りる部屋を提供して下さる人間に出会えるのも、最近は特に難しくなってきました」


 僕は当初の目的を思い出して、一番大きな引き出しの中に入っていた数冊の荷物を取り出した。適当に上の引き出しに移動して振り返ると、豆人がでたらめな顔で「何をしているんだろう」というように僕を眺めていた。



「ちょうど引き出しの中、ガラガラだったんだ。ここ、君が使っていいよ」



 そう声を掛けたら、豆人が、雨が落ちるような小さな足音でやってきて、引き出しの横からそろりと内部を覗きこんだ。


「素晴らしい。こんな素敵な部屋は初めてです」


 豆人は僅かに震えていた。こちらからだと頭部しか見えないので表情までは窺えないが、背伸びをしている足と、手で身体を持ち上げるようにして引き出しを覗きこんでいる様子からすると、喜んでいるのだろうなと推測された。


「まぁ、引っ越しが多いっていうのも大変だろうけど、好きに使うといいよ。僕は奏吾(そうご)だ、よろしく」

「わたくしとしたことが、名前を訊いておりませんでしたね、すみません」


 改めて挨拶した僕を振り返り、豆人が長い頭を垂れて「よろしくお願いします」と言った。



 僕は、豆人が勉強机の一番下の大きな引き出しに出入りしやすいよう、まずは本で段差を作ってあげた。彼が植木鉢モドキを中の奥に入れて欲しいと言ったので、続いてその通りする。



「この中には、わたくしの荷物が入っているものですから」

「へぇ、そうなんだ」


 覗いてみたい気もしたが、これが彼に取って鞄代わりだとすると、プライベートに踏み込む行為だろうと思われて僕は好奇心を抑え込んだ。

 

「これから、しばらく一緒に住むことになるけど、僕は君についてよくは知らないんだ。部屋以外にも、何か僕が協力することはある?」


 引き出しに入って、中の様子を見回す豆人に声をかけてみた。

 豆人が「そこまでしていただけるのですか」と言って僕を見上げた。僕の手と同じ背丈の彼は、「そうですね」と考えるような仕草をする。


「出来れば、猫や犬などのペットは連れこまないで頂きたいのです」


 高確率で狙われます。どこかのタンパク源と勘違いされることが多いようで鳥類は特に危険です、と豆人が補足説明した。


 まさにそれなんじゃないの、例え話がド真ん中過ぎるよ。


 僕はつい『ハト豆』という言葉を浮かべてしまったが、初対面ということを考えて本音を心にしまっておくことにした。


「うちはペットを飼っていないから大丈夫。ここは二階だし、窓から入られることもないし」

「そうですか、それは良かった。あと、内装が終わりましたら、引き出しは閉めっぱなしでお願いします。わたしくは、扉から出入りしますので」

「扉?」


 びっくりして尋ね返してしまったら、豆人はが無気力に「はい」と頷いた。


「引き出しに、わたくしが出入りするための扉をつけます。大丈夫ですよ、通路を繋ぐだけで傷は一つもつきませんから。外せば元に戻ります」

「なんだか魔法みたいな話だ」

「『魔法』は知りませんが、豆人が必ず持ち歩く道具の一つなのです」


 そう続けて、豆人がぼんやりと僕を見つめた。言いたい事も考えている事もよく分からない表情なんだけど、気のせいか、小馬鹿にされているような顔に思えてならない。


 そんな道具も知らないのかよ、とかいう目じゃないよな?


 僕らは、長らく見つめ合っていた。一階から、父さんが帰って来た物音が聞こえてきたタイミングで、ようやく豆人が身をよじった。


「あの、見て分かりませんか?」

「何が?」

「その、だから、あれです」


 豆人は、引き出しの枠部分に手を掛けると、小動物のように肩身を狭めて僕を見上げてきた。


 表情があれなので、小さくても決して可愛いと思えない残念な光景である。


 再び僕が「何が?」と言って眉根を寄せると、彼が「やれやれ」と、吐息まじりの残念そうな声を上げた。


「わたくしの表情を見て、分かりませんか? 『そっとしておいて欲しい』という顔です」


 これから色々と部屋の準備をしなくてはいけませんから、と豆人は続けた。



「いや、全然わかんねぇよ!」



 思わず主張した僕の前で、豆人が身をよじった。足を乙女のような斜め内股にし、右手を口に当てるポーズを取って僕を見上げてくる。


「ちなみに、これは『食事をしてらっしゃい』という顔です」


 更にやる気が失せそうな顔だ。

 物欲しそうに寄せられた眉影や、どこかしんみりとした感じに折れた腰も、また残念ポイントを加算していた。


「どこに爺さんみたいなヨボヨボポーズで見送る奴がいるってんだ」


 僕が「うげぇ」と一呼吸で言いきってみせると、豆人がそのままの姿勢で続けた。


「ヨボヨボポーズではありません。豆人は、ヨボヨボポーズなんて取りませんから」


 なんだか、信用がなくなってきたな。

 というか、頼りなさそうな顔がまた一段と言葉の信用性を無くしているような気がする。



 僕は言い返す気力もなくなって、一旦勉強机の大きい引き出しに豆人を残して、部屋を出た。

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