表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

0 始まりは植木鉢モドキ

 いつもの高校から帰る道の途中、僕はある電柱の前で足を止めた。佐伯(さはく)のじいさんがいつもゴミを出すその場所は、普段から綺麗に掃除されていて何もないはずなのに、その日は、そこに似つかわしくない物が置かれていた。


 灰色のアスファルトに浮く、不法投棄でもなさそうな蜜柑色の物体には、妙な内容の貼り紙もされていた。それは塵袋でもダンボール箱でもなくて、新品みたいな丸い植木鉢だった。


 しかし、ただの蜜柑色の植木鉢と認識するには、どうもしっくりと来ない違和感を覚えた。植木鉢には、きちんと土も入っているのだが、僕にはそれが、下手くそな作り物のように思えてならなかったのだ。


 よくよく覗きこんで見れば、土は色が明るすぎるうえ、花壇の物とは比べ物にならないほど偽物じみていた。まるで土に似せた柔らかい粒々が、植木鉢の形をした軽そうな器に入っているだけのようだ。


 植木鉢モドキの張り紙には、女の子のような丸字で、こう書かれていた。



『豆人居ます。同居オーケーの方、是非わたくしをお持ち帰りください。しかし、目を回してしまいますので、ゆっくりと運んで下さい。びっくりしますので水はかけないでください。部屋としては、少し大きめの引き出しを所望しております』



 僕はまるで、小さな何かが引っ越しでもするような印象を受けた。誰かの悪戯だろうとは思ったけれど、なんとなく好奇心が勝って、僕はその植木鉢を持って帰ることにした。

 実際に持ってみると、植木鉢モドキは煉瓦のような硬く冷たい感触でありながら、発泡スチロールほど軽いという重量感のアンバランスを覚えた。鉢は丸くて土も均等に入っているはずなのに、まるで左右の重さがちぐはぐみたいでもあった。


             ※※※


 家に帰った僕は、夕飯を作っている母さんに「ただいま」と答えて二階に向かった。キッチンから「お帰り、高校生の二学期はどう?」と聞こえてきたので、部屋の扉前で「一学期と同じさ。相変わらずつまらないよ」と大きな声で返した。


 その時、僕の手の中の植木鉢が、まるで驚いたみたにビクリと揺れた。


 僕もびっくりして、なぜか久しぶりに胸がどきどきして、急くように部屋に入って扉を締めた。

 鞄をベッドに放り投げて、僕は張り紙をそっと取り外して机の上に置いた。ベッドのそばに腰かけて植木鉢モドキを床に置き、しばらく何をするわけでもなくそれを眺めていた。


 数分待っても反応がなかったので、僕は植木鉢モドキを二回軽く叩いてみた。まるで扉をノックするような感じだ。


 すると、植木鉢モドキが驚いたように、びくっと揺れた。


 張り紙に書かれていた『びっくりするので』の文面を思い起こした。あれが悪戯ではなかったとすると、一体これには何が隠れているのだろうか? 


 僕は、ちらりと植木鉢を見降ろした。

 もしかして、と実に馬鹿げた発想がこみ上げて、こう声を掛けてみた。


「僕の家についたよ。引き出しも一つ空けられる」


 いつもの僕だったら、馬鹿みたいに独り言をもらしたり、路肩に放置された悪戯に付き合おうとは思わなかったはずだ。それなのに僕は、返事を待つように黙って植木鉢モドキを見つめていた。


 しばらくすると、植木鉢モドキが揺れ出した。発泡スチロールの粒がこすれるような音と共に、土モドキの中央が、ゆっくりと盛り上がった。



「……少し大きめの引き出しが良いのですが、空いていますか?」



 土モドキの中から、高めの小さい声が聞こえてきた。まるで小さめの生き物が、人間の言葉を発しているような音域の声にも思えた。

 

 あまり実感はないのだが、僕は昔から、驚いたり怒ったり、泣いたり笑ったり、悲しんだりという感覚が少し薄いらしい。多分、そのせいもあって、今の状況への驚きが他人事になっている可能性もある。

 けれど同時に、僕自身が、植木鉢モドキの中から言葉が返って来ることを知っていたような、不思議な感覚もあった。


 問われた僕は、勉強机の一番下の大きな引き出しを思い浮かべた。中には、高校からもらった資料がいくつか入っているばかりで、言ってしまえばがらがらの状態である。

 中身を空いている他の引き出しに移すか。僕はそう考えて、「勉強机の一番下の大きい引き出しを空けられるよ」と答えた。


「そうですか、それは良かった。何分スペースを取るものですから」


 盛り上がった土の中央から、小麦色を明るくしたような肌色が覗いた。そそそそそ、とゆっくり慎重にそれが出てきたかと思ったら、途中でその動きが止まった。



「おや、誰もいらっしゃいませんね」



 先端部分が細く、下にいくに従って膨らんでいる肌色のその物体から、そんな声が聞こえてきた。そこが後頭部であると何故か理解した僕は、思わず反射的にこう言っていた。


「そっちじゃなくてこっちだよ」


 すると「ああ、そちらでしたか」と声が聞こえた次の瞬間、滑らかなその物体が、くるりと反転してこちらを向いた。



「はじめまして、こんにちは。わたしく『豆人』と申します」



 そいつは、まるで、ノートの落書きのようなへんてこな顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ