不穏の物語
フォルフルゴートはいつも通り〈無知の国〉の草原で寝ていた。目を閉じていても、他のドラゴンの目を介して見ることが出来る。その為、本人はあまり動く必要が無いと考えている。今も、朦朧とした頭で、他のドラゴンたちの視界を見ていたが、何か気配が近づく事を感じ、頭を上げた。
「ステラ。今日も来た……誰だお前は?」
気配がステラとは微妙に違うことを感じると、フォルフルゴートは目を開いた。そこには白銀の長い髪の、ステラによく似た女性が跪いていた。おそらく、前に話が出た姉という存在だろう。だが、何故跪いているのかは全く理解できない。
「私はステラの姉のシルトと申します。妹に加護を与えて下さり、ありがとうございます」
フォルフルゴートには覚えが無い。加護というのは、基本的に神聖の役割だろう。中立にはそのような権限は無い。与えられるものは拒絶による否定だけだ。おそらく何か勘違いしているのだろうと考える。なにせ、このシルトという女性が正体を知っているとは限らない。
「なんの話だ。知らん」
「いえ、間違いありません。フォルフルゴート様。今この集落……。いえ、〈無知の国〉に存在する集落で人攫いが起きています。父もその被害者の一人です。私は、あの子まで失う訳にいきません。確実に安全な所へ居て欲しかったのです」
名前を知っていたという事は、フォルフルゴートの正体もある程度知っている可能性。いや、確実に安全な場所と断言しているのだから、知っているのだろう。しかし、何故。中立の管理者は表舞台に出る必要が無い為、本来ならば人に知られていない筈だ。しかし、現に知っているとしか考えようがない状態だ。
「だが、本当に安全と言えるのか、何故断言できる。僕が悪意を持たない事が前提だが?」
どこかでフォルフルゴートと言う存在を知ったとしても、それが確実に安全という保障は無い。確信するためには、少なくとも直接会わなくては思考の余地も無いだろう。だが、シルトに会ったのはこれが始めてだ。
「それは、妹が何かを見る事が出来るように、私にもその目があるのです。と言いましても、見える対象は違うのですが」
「ふむ。その力は確かか?」
フロウの言っていた、本来持つ筈のない力という事だろう。それを自覚し扱っているという事になる。ステラも何かを持っているようだが、無自覚に扱うのと、自覚して扱うのでは大きな差がある。
「はい、私は物心ついたころから、自分の望むものが見えました。始めは解りませんでしたが、時を重ねるごとに把握する事が出来ました。そして、妹が安全に過ごせる場所を望み、見えた景色には貴方様の姿がありました」
望んだものを見る力。確かに持っていない筈の力と言える。だが、持っていれば非常に有能なのではないだろうか。見えるだけとはいえ、使い勝手が良く、場合によっては最悪な事柄を回避することもできるだろう。だが、それだけでは足りない。
「一つ疑問がある。何故暗い時間では無いのか」
人攫いが狙うとすれば、暗くなる時間帯だろう。その方が目につきにくく、成功率が高いと言える。逆に、わざわざ明るいうちに行動しようとはしない筈だ。ならば、ステラがここに来る意味は無いと言える。
「最初の被害が起きてから、私たちは一つの家に集まり、夜は外に出ません。必ず誰か起きていて、見張っています。ですので、暗い内に人攫いにあったことが無いのです」
夜を警戒して対策をとったが、全く被害が無かった。つまり、人攫いは明るい内に活動しているとなるのだが、それなら、犯人の姿を多少なりとも見ている人がいてもおかしくない。
「ならば、誰か犯人を見ていないのか」
「はい、誰も見ておりません。本当に、少し目を逸らしたすきに、まるで元々居なかったかのように消えてしまうのです。私は、居場所を望み、見る事にしましたが。見えたのは暗い景色だけでした」
暗い景色。暗いところに閉じ込められているのか、何かに妨害されているのか。それでは判別つかないのだが、フォルフルゴートは人間によるものでは無く、管理者が関係しているのではないかと考えた。姿を現さない混沌、戦いの準備をする邪悪、閉じ籠る神聖。怪しいと言える存在は多い。
「理解した。少なくともステラは守ってやろう」
フォルフルゴートとしてはどうなろうと関係のない事柄。だが、今までずっと関わってきた存在であり、興味が全くないと言えば嘘になる。それに、一人を守ることぐらい、大したことは無い。そう考えていた。
「ありがとうございます。フォルフルゴート様。妹をよろしくお願いします」
シルトは立ち上がり。深く頭を下げ、去っていった。何かが起きている事は間違いなかった。ただ、それは。見えない所でゆっくりと。