怠惰の物語
「最近暑くなってきたねー。フォル君は大丈夫?」
あらゆる影響を拒絶し遮断するフォルフルゴートには温度さえも届かない。なので暑くなってきたと言われても良くわからない。だからこそ、ステラに触れられた時、あんなにも驚いたのだが。
「問題ない」
いくつか試してみたらステラの持つ不思議な力を判別出来るかもしれない。そうは考えてもフォルフルゴートは気乗りしない。何故なら、肉体的に脆弱だからだ。拒絶の力を打ち消す事が出来るのだあれば良い、しかし、他の要因によって拒絶の力を打ち消す訳でなく触れる事が出来たのであれば。下手なことをすれば殺してしまう。それだけ、フォルフルゴートの拒絶の力は強いのだ。
「私はあっついよー」
いつもは元気にフォルフルゴートに上ったりするステラだが、ここ最近は影で涼んだりすることが多くなった。特に今日はとても暑い日だった。汗びっしょりで、草原に寝っ転がってへばっている。
「仕方ない」
フォルフルゴートは自分の翼を動かし、風を送ってやる。ステラは心地よさそうだ。そのまま目を閉じて涼んでいる。そのままのんびりとした時間を過ごしたかったのだが、不穏な存在が近づいてきている。しかし、その存在はだらだらと歩き、風の当たる位置でばたりと倒れた。
「ダリィ」
「おい、ふざけるな。グネデア」
めんどくさそうに上半身だけ起き上がるめんどくさそうな表情の大男。ギレーアと同じく悪魔の角と翼と尻尾があり、邪悪の従者の一人、グネデア。こいつがばたりと倒れた時にステラは起きて、じーっと見ている。
「おじさんは何しに来たの?」
「ウルセェぞ。黙れ、ガキ」
グネデアはステラの方さえも見ずに、舌打ちをして拒絶する。本当に何しに来たんだこの悪魔は。フォルフルゴートとしても、短い付き合いではない。何せ管理者が作成されたのと同時に従者も誕生したようなものなのだから。邪悪の管理者はその誕生と同時に、存在を分割し7体の悪魔を従者として誕生させた。神聖の管理者は、8体の天使を。秩序の管理者は10体の精霊を誕生させた。混沌は自身の存在を分けたとしても、それは混沌の管理者にしかならなかった。それは、その全てで混沌の管理者として扱われるからだ。とにかく、付き合いは長いが考えを読みにくい。
「私うるさくないよ!?」
「本当に何しに来たんだ。グネデア」
グネデアの行動原理は非常にわかりやすい、何せ奴は怠惰の悪魔。あらゆる事に対して興味が無いようにふるまっている。とはいえ、何も考えてない訳では無いらしい。だが、例え方が独特だったりするので解りにくい。
「ギレーアの奴から話は聞いた。テメェ、メンドクセェ」
「……何が言いたい」
簡潔な答えが返ってきた。フォルフルゴートの問いに対しての返答なのか何だかよくわからないが、とてもめんどくさそうだ。グネデアはゆっくりと立ち上がる。
「移動するのはメンドクセェ。その場に留まるのもメンドクセェ。あるがままに在るのが楽だ。テメェは俺に似ているが、自ら先のない道を選ぶ意味がワカラネェ。本当にメンドクセェ」
それだけ言うと、グネデアはのろのろと去っていった。ステラは完全にポカーンとしている。言われたことも良くわからないし、完全に無視されたのだから仕方ないと言える。フォルフルゴートは一応長い付き合いであるのでニュアンスは理解できる。だからと言って、現状をどうにかしようとは思わない。
「もう! なんだったの! あのおじさんは!」
憤慨し始めたステラ。行動も言葉も粗暴で、しかも無視されたのだから仕方ない。とはいえ、あの性格なのだから、もう来ることは無いだろう。
「気にするな。グネデアはそういう奴だ」
まだステラの怒りは収まらないようだが、こればかりはどうしようもない。グネデアは人の話を聞くような奴ではない。いや、よく考えてみれば、管理者も従者も人の話を聞くような存在は少数だ。それだけ確固とした自我を持っているとでも言えばいいのだろうか。
「もうあのおじさんにはお話しないもんね!」
という事になったらしい。とはいえ、グネデアは全く気にしないだろう。他へ影響を与える事を得意とする悪魔としては、珍しい性格をしている。その在り方が怠惰なのだから間違ってる訳でもないが。
「グネデアの事を気にしても仕方が無い。そんな事よりも、西の方へ行ってみたらどうだ。海の近くならば多少は涼しいだろう」
「泳げないからやだー。フォル君乗せて? お空飛んだら涼しそう!」
「落ちたら危険だ。やめておけ」
「けちー」
それからグネデアが来ることは無かった。ギレーアは今まで通り度々来ていた、フロウは様子を見に稀に来た。どうやら調査は上手くいっていないらしく、他の精霊にも協力を要請すると言っていた。なんにしても、今まで通り変わることは無い。