日常の物語
「フォル君ー、今日も遊びに来たよー」
フォルフルゴートとステラの出会いから数日経った。あれから何が楽しいのか毎日のように来ている。来たところで、やることは適当に話をするぐらいなのだが。
「今日も来たのか。飽きないな」
どうやら、ステラは近くの集落で暮らしているらしい。〈無知の国〉にはいくつかの小さな集落があり、遊牧民のような暮らしをしているようだ。他に大きな動物を見てきた為に恐れることは無かったのだろうか、動物とドラゴンを同義で考えるのは無理があるだろうが。
「フォルは友達だもんねー」
フォルフルゴートとしては、あまりステラと仲良くしたいと思っていなかった。何しろ壁が多すぎる、種族としての壁、寿命の壁、世界が転生してしまえば、管理者と、管理者の従者以外は全て死んでしまうのだ。今までも、出会いと別れを繰り返してきたのだから、耐性が無い訳では無い。だからと言って、好んでそんな気分に浸りたい訳でもない。
「はぁ……。親が心配してるだろうに」
このままではいけないと、経験的に感じ取ったフォルフルゴートは、親を理由にステラを引きはがそうと考えた。そもそも、種族だって違うドラゴンの所にいるよりも、親の所にいた方が良いはずだ。まだ、子供なのだし。
「お母さんはね、私会ったこと無いの。遠いところに行ったんだって。お父さんはね、フォルに会った日にね、居なくなっちゃった。誰もどこに行ったかわかんないの」
聞かされたのは衝撃の事実であった。想定するに、おそらく両親は死んでしまったのだろう。フォルフルゴートはそう解釈し、さすがに無神経なことを聞いてしまったなと反省する。
「そうか、大変だったのだな……」
少し悲しそうな表情をするステラだったが、振り払うように笑顔になる。悲しいだろうに、強い子だと考える。そして、わざわざ此処まで来るという事は、集落では……。いや、これ以上追い詰めるのはやめておこう。フォルフルゴートは下手なことを聞くべきでは無いと判断した。
「おねーちゃんが居るから大丈夫。でもね、明るいうちはお仕事忙しいんだって、だからね、私はここに来てるの、おねーちゃんも知ってるから大丈夫なんだよ」
姉が心の支えになっているのか。そして、仕事中はここに遊びに来ている。話を聞いた感じでは、集落で何かあるわけではなさそうだが、見知らぬ存在に妹を見させるとは、何を考えているんだがとは思ってしまう。フォルフルゴートとしては、呆れるしかない。
「全く。僕が凶暴なドラゴンだったならば、どうするつもりだ」
ここ〈無知の国〉には何故か凶暴な動物は出てこない。ドラゴンは基本小島に住み、大陸を見守るだけであるが、絶対では無い。現に、2体の竜、黒竜ムア・レイアと火竜ギア・エルアが大陸に渡っている。他に来ないとも限らない。もし出会ったのがあの白竜であればどうなったのか。フォルフルゴートはため息を吐いた。
「そしたら逃げたもん!」
簡単に言うが、そんなことは不可能に近い。いざという時には、人類共通の敵となるように設定されているドラゴンは、人に淘汰されないように高い身体能力を誇る。子供の能力では逃げる事さえ出来ない。
「まぁ、いいか」
どうせ子供の言う事だと、フォルフルゴートは考えるのをやめた。今、現にそういった状態になっていないのだから、可能性を考えても仕方ないと割り切ることにしたようだ。それに、ギアもムアも悪い竜ではない。どちらかに会ったところで最悪の状態にはならなかった筈。
「もー、フォルはすぐそうやって適当になるー!」
ステラはフォルフルゴートの背中によじ登り、ぺんぺんと叩く。無論、痛くも痒くもないので、好きにさせておく。叩くのに飽きたのだろうか、今度は下りてきて顔をじっと見る。
「どうした?」
フォルフルゴートはステラを見返す。赤い目、銀髪、そしてやたら色白の肌。今更ながら、その姿をしっかりと認識した。何せ管理者の権限で存在を感知できる。外見で判別しなくとも、近寄られれば存在を認識できるのだから。
「なんでもなーい。私はそろそろ帰るね?」
フォルフルゴートは軽く尻尾を振って返答する。そして、それからもステラはやってきた。流石に雨が降ったりと、天気が悪い日は来なかったが。なんにしても、これが日常となっていった。そうあることが当たり前になっていった。いつか別れが来るとしても、それまではこのままでいいだろうと、無意識に思うようになっていた。別れなんて、今までも経験してきたのだから。