狂気の物語
「何だそれは、ステラの複製か? 良い趣味だとは言えないな」
「そう思うのかい? 全くの外れなんだがねぇ? そこのお前ならばわかるだろう、この道具の正体がねぇ!」
フォルフルゴートからしてみれば、そんなものを見せられた所で何も思うことは無い。どんなにステラに似てようとも、本物でないのならそれまでの物でしかない。だが、それでも、何かがおかしい。レアルとケミカルチェンジャーは相変わらず不気味な笑みを浮かべている。
「え、えぇ……。もしかして」
ステラはまるで、信じられないとでも言いたげに、それを見つめている。フォルフルゴートは気づけなくても仕方が無い。人を積極的に覚えようとする性質では無いし、そもそも一度しか会った事が無いのだから。
「このホロスコープを作るのに、アンタの姉。シルトを使わせてもらったよ」
「やっぱり……!」
「フォルフルゴート。アンタは本当に頭が硬いな! 確かに〈要塞の帝国〉から人を攫ってたのは天使だったらしいけどな、この〈無知の国〉から人を攫っていたのはこのアタイさぁ!」
フォルフルゴートは答えられない。普通に思いつくはずの事だった。混沌が明らかに怪しいのは周知の事実、神聖も確かに怪しくはあるのだが、だからといって混沌が何もしてない証拠にはならない。だが、それでも解らない。神聖は〈救済〉の為に動いていた。だが、混沌が人を攫う理由は無いはずだ。あくまでも使われる存在、望まれて動く存在なのだから。
「解らないな。お前達に行動理由が無い」
「アハハハ! アタイはとっくに行動理由は話したぜー? 覚えてないのかなー? このダメ竜ちゃんはさー」
「なに?」
フォルフルゴートは思考を巡らす。だが、それでも人を攫う原因を見つけることは出来ない。今までの流れを、一つにまとめる事が出来ていない、気づいていないのだから。見つけるなんて不可能。レアルはやれやれと首を振る。
「アタイはさ、無限の演算能力を持っているんだ。答えを出そうとして出なかったことは無い、それなのに、この世界を改善する方法が何も見つからない」
「……。前に似たようなことを言っていたな」
レアルは真面目な表情になる。この計画はそれほどまでに達成しなくてはいけない事。たとえ、この世界を犠牲にする事になっても、次の世界が、より良い世界となるのならば、躊躇う意味なんて無いのだ。寧ろ、もうすぐ滅びるこの世界を消費して、新たな世界がよくなるのならば、寧ろ合理的といえるだろう。
「アタイは、アタイの演算能力に世界の干渉があるのだと、そういう結果に至った。アタイ達管理者も世界のシステムの一部なら、システムから逸脱しないようにロックがあるのは当たり前だ」
「……。なるほど」
「だから、アタイは。世界のシステムとは関係の無い〈人間〉の脳を使って最善を計算してやろう! 一つで足りなければ百! それでも足りないなら万集めて連結すれば良い! 最初は地道に集めるしかなかったけどな、ホロスコープのこの力を使えば、この世界の人間の演算能力を、集結させることが可能になったんだ!」
レアルの正体は一種のネットワークだ。複数の身体を持ち、それぞれの演算能力を連動させる事により、限りなく無限に近い演算能力を持つ。それを、世界の制限の受けていない、人間の脳で同じ事をしようとしている。そして、その中心となるのはホロスコープと呼ばれている、シルトなのだろう。
「そういう事なんだよねぇ? どうだい? なかなかの演出だと思わないかな? 何とか言っておくれよ、私を愉快な気分にさせてくれよぉ」
「……」
ケミカルチェンジャーは変わらず不気味な笑みを浮かべ、ステラに話しかける。だが、あまり反応が無い。なんだか考え込んでいるような表情だ。だが、そんな事を気にするまでも無く、浮かれたように言葉を続ける。
「姉がこんな姿になってしまって、すっごく愉快ではないかねぇー? どうするんだい? 何か望みを言ってみておくれよー」
ここでステラがなんらかの〈望み〉を言ってしまえば、何のかんのと理由をつけて、その脳を奪う結果になるだろう。だが、そうなる事は無い。もうすでに、想定からは外れてしまっている。そのまま、困惑したような表情で、何事も無いかのように、ただ一言。
「えっと、私の望みを叶えられるのは、フォル君だけだよ?」
「はぁ!? そこの竜にお前の姉を助けるような、器用な事はできないんだが? 勘違いはやめておくれよー?」
ステラは困惑した表情のままだ。まるで、ケミカルチェンジャーが何を言いたいのか解らない。いや、実際に解っていないのだろう。シルトがここに居る事に対しては驚いただけであって、その状態に驚いた訳では無いのだ。つまり、究極的に言えば、助けたいだなんて、一欠けらも考えていないのだから。
「世界が近いうちに滅ぶのに、何で助ける意味があるの?」
「……!?」
ケミカルチェンジャーは笑みを崩し動揺する。人の感情というものを理解し、その揺れ動く様を楽しんでいた。そんな存在からすると、この反応は想定外でしかない。そして、ここからどう繋げれば良いのかも解らないのだ。突けば揺れる天秤のような感情が、こんな反応をする。大前提が崩れたのと同義だ。
「それにね。私が本当に望む事なんて、一つしかないんだ」
ステラはそれだけ言って、フォルフルゴートに視線を向ける。その行動に、最強の竜は一瞬だけ、嫌な予感を感じた。根拠の無い感のようなものではあるが、今まで感じた事のないものでもあった。