宣言の物語
「ねぇ、フォル。昨日は凄い雨だったね」
「珍しいなステラ、2日連続とは。最近は頻度も多くなってきたが」
「色々とね、落ち着いてきたのよ。人拐いも最近起きないし」
今日もやって来たステラが言うには、どうやら<無知の国>の人拐いはいつの間にかおさまっていたようだ。一体誰が犯人なのか、それは結局解らず終いなのだろうか。
「ふむ、そういえば、フロウはどうなったんだろうか」
「フロウちゃん?」
実際にいつ潜り込んだのかは解らないため、どのタイミングで精霊達が動き始めるのか把握は出来ないが、このまま音沙汰無しという事は無いだろう。どちらが、動くにしても。
「残念だけど、タイムオーバーってね」
「レアル・グリード……」
フォルフルゴートの目の前に、突如として転移してきたのは、混沌の管理者レアル・グリード。笑みを浮かべて愉快そうにしている。ステラは直視してしまい、よろめいたがなんとか踏ん張ったようだ。
「アタイを見てよろめくとか止めてくれない? 流石に傷つくんだけど」
「そんな事はどうでも良い。何をするつもりだ」
フォルフルゴートはレアルを睨み付けるが、相変わらず効果は無い。それで何か反応があるような相手ならば、もっとやり易いのだろうが、それを思ったところでどうしようもない。
「このまま傍観してると、上位の精霊が押し寄せてくるらしいな? それを待つのも面白そうだけど、ここはフロウの、アタイ達を追い立てて行動を表面化させようってノリに乗ってやるよ」
「何をするつもりですか……?」
「どうだろうねぇ。アンタがそれを知るのを望むのなら、アタイは叶えても良いんだけど?」
震えながらも、何とか声を出すステラに、レアルは笑みを浮かべながらそう返し、少しずつ近寄っていく。もちろん、善意ではない。望むという風に、言葉にして発した瞬間、不幸な事しか起きない事は簡単に想像ができる。ただ、それを良しとしない存在がここに居るわけで。
「そこまでだ、レアル・グリード。お前は望みを持たない人間に干渉する権限を持っていないな。現状世界は停滞気味ではあるが、危機があるほどではなく、混沌が動く必要も無い。故に、強引な行動は許容できない。これ以上何らかの行動を起こすのならば、中立の管理者としてその逸脱した行動を抑制しよう」
フォルフルゴートはレアルを呼び止める。止められて不愉快そうな表情はするもののそれだけだ、そんなに気にした様子は無い。それほどまでに余裕なのだろうか、そもそも何を企んでいるのか、判明していない為にどうにもならないといえば、それまでではある。
「フォルフルゴート。もうアンタにも止められない。この世界は変わるべきなんだ。アタイは、この決まりきったあらすじをぶち壊してやる! 在り方だとか、そんなもの、全部壊して自由になってやるよ!」
「なに……?」
一転、真面目な表情となるレアル。そして言うのは、この世界のシステムそのものを否定する言葉。世界を管理し延命させる存在でありながら、世界の一部といっても過言でないシステムを壊すといっているのだ。流石のフォルフルゴートも動揺してしまう。
「アタイはおかしいと思ってたんだ。どうして在り方や、システムなんかに囚われないといけないのか。もっと自由であるべきだろ? 混沌として存在してるアタイですらも、在り方には逆らえないんだ。どうしてだ?」
「そんな身勝手許されるわけが無いだろう。管理者は世界を安定化させる目的で創造された。そして、それこそが存在する意味であり、在り方だ。世界を存続させる為に必要な事であり、それを世界が強制するのも当然の結果だろう。システムもまた、世界を破滅させないための仕組みなのだから、それに囚われるのは仕方が無い」
「アンタ頭硬いなぁ。その仕組みそのものに疑問を持てよ。どうしてそうでもしないと維持できない世界にしたんだよって事だ。そこを解決できれば、多くの問題が無くなるじゃないか、その為に、1つの世界を犠牲にしただけで、未来の世界全てが良くなるとしたら、躊躇う必要なんてない!」
レアルは、この世界を犠牲にしてでも未来を良くしようというものなのだろう。確かに、近い内に滅びてしまう世界ならば、合理的と言えるのだろう。だが、それでも、フォルフルゴートには許容できない。この世界を守護し、外界を隔てる壁。だからこそ、他の管理者も持たない知識がある。
「不可能だ。最善の形がこれであり、これ以上は存在しない」
「どうだかな、それは世界が完璧であることが前提だろ? 現状を見て見ろよ。明らかに存在する訳の無い力を持った人間が誕生し始めた。これは世界の想定外の所だろ? それなら、気づくことの出来なかった穴が他にもあってもおかしくは無い。アタイは、世界の想定の外にあるこの力を使って、更なる想定の外を把握する」
レアルは本当にやる気になっているようだが、それとは正反対に冷めていくフォルフルゴート。それもそのはず、出来ないことを知っているからだ。未来予知とか、そういうわけでは無い。ただ、単純に出来ない事を知っているだけだ。この世界は希望、それだけを、抱く世界。
「レアル……。違うんだ。この世界の本質は、変わってない」
「見てろよ。アタイはやってやる」
そして、レアルは姿を消した。変化に希望を見出し、未来に託した。だが、何をしてもこの世界は。希望の世界。失られる事の無い、希望だけで構築された世界。その本質を知っているのと、知らないものの差がここにあった。
「ねぇ、フォル。これからどうなるの?」
「……。心配するな」
そして、次の日。魔王ラギ・イニシエンが、世界に向けての宣戦布告と、全地域への侵略を開始した。このタイミングで、邪悪も行動を開始したのだ。