沈黙の物語
小雨が止んだと思いきや、ステラが帰って暗くなってくると、かなりの大雨になった。恵みの雨か、気落ちさせる雨か、そんなものは人の都合でしか無い。フォルフルゴートは、雨などものともせずに、ただ沈黙している。
「お前が、あの子を、ステラを守っているのか?」
その沈黙を破る存在がやって来た。ローブで全身を隠した怪しい人間。声はいかにもな男性の声だ。フォルフルゴートは近寄ってきているのを探知してはいたが、危険性は無いと放置していた。
「僕は見守っているだけだ。確かに、目の届く範囲で何かあるなら、守るだろう」
「そうか、ドラゴンに守ってもらえるなら、あの子は安心できる」
それから数分もの沈黙が続く、怪しい男も、なにも言わずに佇んでいるが、何処から話したものかと悩んでいるようにも見える。それよりも、フォルフルゴートには違和感があった。大した事では無いのだが、気になることだ。
「お前は、人間か?」
どうにも、人間とするなら、異質な気配を感じる。なんというか、レアルに近い何かをフォルフルゴートは感じていた。少なくとも何らかの影響を受けているのか、もしくは、ステラと同じように何らかの力を得ているのか。
「どうだろうか、俺はかつて人間であった筈だが、今はどうだかわからない。少なくとも、人ではあるだろう。あぁ、そうだ。申し遅れたが俺の今の名はサイレントという」
この世界は、人と人間は意味合いが違う。人というのは、魂をもつ存在の総称。つまり、魂を持つのであれば、フォルフルゴートのようなドラゴンであっても、機械の身体をしてようとも、人と呼ばれる。また、魂=自我とも考えられ、自我を持つ存在を人と呼ぶとされる場合もある。
「今の名だと?」
「昔の名は、ある存在にとられてしまった。そして、新しい名と、新しい身体を得たんだ」
フォルフルゴートは確信した。これはレアルの仕業だと。使われるものとしての本質がある限り、人間に手を出しにくいが、相手を人間以外にしてしまえば、簡単に支配してしまえる。だからこそ、願いというていで、相手を人間以外にする機会を狙っているのだ。
「無理だとは思うが、レアルは何を企んでいる」
「言えない。ただ、素材を調達して、沢山の物を作ろうとしている。脳が必要だ」
サイレントは、レアルの命令に背けなくなっているようだ。だが、出来る限りの情報はくれるらしい。おそらく、素材というのは人間のこと、脳という単語が出るからして、そう確信できる。そして、そこから製造されるもの。フォルフルゴートは、レアルがサイレントのような存在を量産しようとしているという所まで推察した。
「なるほど、口は塞いだ方が良いな?」
「助かる」
サイレントが完全にレアルの支配下にあれば、その視界や、会話なんかも知られている可能性がある。本当に、心ばかりの対策になってしまうのだが、フォルフルゴートは出来るだけ余計なことは言わないようにしたようだ。
「行き着く場所はどこだ」
「ここでは無い場所。未来でも無い場所。変更だ」
フォルフルゴートが行き着く場所、目的地。つまりは、レアルの目的を問うと、サイレントは変更と返す。今でも未来でもなく、変更する。つまり世界を変えようとしているらしい。そこまで読み取って、更に続ける。
「交通手段はあるのか」
「1つでは確実に無理らしい。これ以上は解らない」
レアル一人では無理だから、他にも似たような存在を創って協力させようとでも言うのだろうか。そして、それ以上の事はサイレントも知らないらしい。フォルフルゴートはため息を吐く、色々な事が複雑に面倒で嫌になっている。
「難解だ」
「せめてステラだけでも良い。守ってやって欲しい。俺にはそれが出来なくなってしまった」
何かを悔いるようなサイレントの様子に、フォルフルゴートにある憶測が浮かぶ。もしそれが合っているのであれば、恐ろしく残酷な話だ。雨は止むことも無く、ただ降り続いている。まるで、心の中を表しているかのように。
「例え、殻が変化しても。本質は変わらない。お前の想いが変わらないようにな。この世界はそういう世界だ、安心しろ」
「ありがとう」
サイレントは一言、それだけを言うと、どこかに歩いて行ってしまった。雨の止まない空を、フォルフルゴートは見上げる。そこは光の差さない曇天でしかなかった。
「なぁ、サイレント。何のつもりだ? 折角、病弱だったアンタの望みどーり、ステラとシルトを見守れるだけの性能を持った身体にしてやったのにな-」
「何も言うつもりは無い」
「ふーん? アタイとしてはいつかはこうなるだろうなーって思ってたけど、やっぱり動いたんだねぇー」
「……」
「まぁ、無理やり聞き出そうと思えばできるけど、大体想像つくし、何よりも動くのが遅すぎたんだよ」
「何?」
「アタイ達はもう動き出すからなぁー! 無駄な決死の覚悟ご苦労様だ! アンタはもう用済みだから、要らない道具は処分だ。ざーんねーんでしたー!」