依存の物語
「ティータイムなんて、いかがですか?」
「何故ここにいる。今日ステラは来ていないが」
今日はフォルフルゴートの元にギレーアがやってきていた。そして、早々に折り畳み式のテーブルを組み立て、紅茶の準備をしている。ただ、今日はステラが来ていない。なのですぐに帰るかと思いきや、そんなことは全く無かった。
「貴方の美しい姿を鑑賞しながら、紅茶を楽しむのはとても素晴らしいです。あぁ、そういえば。この前素晴らしい景色を見られるポイントを発見しましてね、今度一緒に……」
「去れ」
清々しいまでの簡潔な一言である。その一言には、フォルフルゴートのうんざりだという感情が、これでもかというほど込められていて、ギレーアは演技でもしてるかのように、ゆっくりと崩れ落ちた。
「何故、私の思いが届かないのでしょうか」
「届くわけが無いだろう」
「まぁ、ステラさんが居ますからね」
ギレーアは何ごとも無かったかのように平然と立ち上がり、紅茶を飲んでいる。この悪魔はいつもこんな感じである。相手する意味も無いだろうし、本人も解っていてやっているのだろう。ある意味挨拶のようなものなのかも知れないが、フォルフルゴートとしてはうんざりするだけだ。
「ステラがどうかしたか」
「……。人は、1人では寂しいですよ」
手に持っていた紅茶をテーブルに置き、真面目な表情でフォルフルゴートに向きあうギレーア。いつもふざけているような悪魔だが、今この場所では、そんな雰囲気は微塵もなくなっている。
「なにか、あったのか」
「私が、なんの悪魔かは知っていますよね。そして、その欲の形も」
ギレーアは色欲の悪魔。そしてその欲の形は、他人に対する依存。人は、1人では寂しいので、繋がりを求める。それは、心の繋がりだ。1人になりたくないという潜在的な恐怖であったり、誰かに頼りたいという助けを求めるものであったりもするが、それは確かに欲の形の1つである。
「……。知っている」
「例え、強靭な肉体を持っていたとしても。確固とした存在であっても。1人分の精神は脆弱なんですよ。その精神。いえ、その心を支えられるのは、心の繋がりのある他人だけなんです」
ギレーアはただ淡々と語る。いつもの様子は全くない。それどころか、悲痛さえも感じられるほどだ。その在り方を、知識とはいえフォルフルゴートは理解している。だが、何故なのかを理解するには至らない。どこまで行っても中立は拒絶である。
「だから何だというんだ」
「誰かに依存してしまう事が、どうして悪い事だと言えるのでしょうか。人は1人では生きられません。人の心を持っている私達も違いは無いはずです」
「何を言いたい。ギレーア」
フォルフルゴートはギレーアを睨みつける。だが、動じる事は無く、相対する。おそらく、何かを察したのだろう。この世界は、在り方にどうやっても縛られる。それを理解しない管理者は居ないいだろうし、従者であっても理解しないものは居ない。
「私は悪魔。欲を見極めて導く存在。だから言います、フォルフルゴート様。貴方はステラに依存しています。そして、その欲を肯定するべきです」
「僕は、人ではない」
「ですが、この心は人と同じようなものでしょう。どうして拒絶するんですか、受け入れてしまえばお互いに支えになれるんです。何も悪い事はありません」
フォルフルゴートの目に微かな怒りが宿る。おそらく本人でさえも気が付いていない怒りだ。今まで、そういったものの動きが希薄であったために、感じる事さえも困難なのだろう。だが、感情の動きを把握するのは、悪魔の得意とする所だ。ギレーアには理解ができる。
「それが在り方だからだ。それを逃れる術は無い。お前たちが何をしようと、存在が変わらない以上、在り方は変わらない。そして、この世界は変わらず終わり続けるだろう。そこまで解っていて、まだ言うつもりか」
ギレーアは視線を外し、背を向けた。フォルフルゴートは正確にこの世界を理解している。それは世界の壁という役割を負っているからこそ、見える真実は苦痛となるだけであった。その痛みは言葉になるが、それさえも理解できていない。異質なまでの鈍さは、心を守るための最適化であるのだろうか。
「グネデアではありませんが、欲は使い方次第です。私はそんなに頭良くないですが、それでも解る事はあります。依存は上手く使えば強い絆になりますが、下手をすれば呪いとなってしまう。道を間違えないでください」
それだけを言うと、ギレーアはそのまま去っていった。フォルフルゴートには、それでも拒絶しなくてはならなかった。中立は完全なる個である必要があり、何かに依存するなんてもってのほかだ。そもそも、時間の長さが違う。呪いとなるというのであれば、呪いとなるしかないだろう。だが、その心配さえもない。
「今、何を思おうとも。記憶は残らず、記録になるだけだ。心配する必要性が無い。そうあるだけの物語にそれだけの力があるのならば、今なんてない」
管理者の延命システムと言えば良いのだろうか、それは正常に稼働して、今まで保持してきた。それはどこまでも変わらない。フォルフルゴートはそれを確信して目を閉じた。この世界でのことも、世界の転生が起きてしまえば、ただの記録に再構築される。ただ、それだけの事になる。