追跡の物語
「フロウ、何か解ったことはあるか」
「今のところは何もとしか言えません」
フォルフルゴートの元にフロウが訪れている。今日はステラは来ていないので、2人で情報交換をしているようだ。だが、何か進捗は無い。
「そうか」
「ですが、微弱ではありますが、ガントの存在を探知しました。動いている様子が無かったので、おそらく囚われているのでしょう」
精霊を捕らえるのは不可能ではない。寧ろ、条件さえ満たせば完全に無力化出来るため、悪魔よりも断然難易度は低い可能性さえもある。因みに、フロウの場合は狭い密閉空間に閉じ込めることだ。少しでも隙間があれば、風として出てしまえるが、完全な密閉であれば、出ることが出来ないどころか、風としての存在そのものに深刻なダメージを与えることが出来る。つまり、恐ろしく弱体化するという訳だ。
「場所は解るのか」
「はい<無知の国>の地下です」
「……妙だ」
フォルフルゴートの呟きに、フロウは頷く。大地の精霊ガントを無力化する一番の方法は、大地から切り離すことだ。空中にでも打ち上げられれば、その間は完全に無力となる。だが、地下という周囲が大地に囲まれている状態は、明らかに有利と言えるだろう。環境に強く影響を受ける精霊だからこそ、この有利は大きなものの筈だ。
「おそらくレアルならば可能なのでしょうが、態々相手の有利な土地で縛っておく利点がありません。何か、秘密があって、どうしてもその場所から動かしたくないというのであれば、別ですがね。知られたくないものを分散するのは悪手ですから」
「なるほどな」
地下に秘密があり、その秘密を知ったガントが居る。それぞれ別の所で監視するよりは、同じところにまとめておいた方が、分散せずに対処できるという事だ。
「私は、ガントの気配を辿って、潜り込もうと思います」
「待て、本気か?」
風であるフロウは、行動が制限されるような場所では弱体化してしまう。つまり、地下へ行くというのは、それだけでかなりの負担になる筈だ。それだけではない、今まで隠蔽していたであろうガントの気配が、急に辿れるようになったという事は。
「おそらく、罠でしょうね」
「急いては上手く行かないと思うが」
フォルフルゴートの懸念は尤もである。罠だと解っている所に一人で乗り込むのは良い手段とは言えない。だが、フロウは不敵に笑みを浮かべる。何か策でもあるのだろうか。
「だからですよ、貴方にこの話をしたのは。秩序の勢力が減りすぎるのは、中立として見逃せないですよね?」
「……うむ」
秩序の勢力が減り、混沌が勢力を拡大し始めたとしたら、中立として気にしない訳にはいかない。フロウはある程度精霊の数を減らした時点でレアルが動き出すと、考えているようだ。そして、それをフォルフルゴートに抑制させようという魂胆だ。
「もし、私が囚われた後、動きが無かったとしても問題ありません。10日間連絡が途絶えた場合、上位の精霊が動く事になっています。痕跡を残しながら動く予定なので、速やかに行動できるでしょう。まぁ、それを見越してレアルも動くと思いますので、本当に保険と、建前という意味合いしかありません」
フロウの狙いは、如何に自分達の負担とならずに、レアルを抑圧出来るかだ。フォルフルゴートとしては、混沌と秩序がぶつかり合って均衡を保つのが望ましい。だが、秩序が動かずに、混沌が好き勝手するのであれば、中立が動かなければならない。
「混沌と秩序が対立するのが望ましいのだが」
「解っていますが、世界の異常を調べるのに力を割いているのです。早急に現状を把握したいので、今は出来るだけ混沌とぶつかりたくありません。混沌が関係している可能性もありますが、確定は出来ませんので多方面の探知が必要なのです」
混沌とは言え、世界のバランスを保つ一柱。世界そのものを揺るがすような事はしないだろう。そもそも、この違和感というのは今の世界から始まった訳では無い。それを考えると管理者がどうこう出来る話でも無いと思われる。前の世界は管理者の手から離れて<世界転生システム>によって処理されるのだから。
「混沌が原因であるわけがないだろうからな」
「この影響に便乗して何かをやっている可能性はあると思いますが、原因では無いでしょう」
こんな時ぐらい協力出来れば良いのだろうが、存在としての在り方がそもそも違うので、難しい話である。何しろ、秩序と同じく、この状況を危険視している邪悪とでさえ、足並みが揃わないのだから。
「しかし、どこも急いている印象があるな。グネデアも時間が無いとか言っていた」
「貴方が悠長なのでは? いえ、ドラゴンの時間感覚なんて皆そんなものでしょうが」
「精霊には言われたくないな」
精霊も時間感覚が緩い部類では無いだろうか。最近は世界の異常を調べようと躍起になっているが、特に何もなければ気ままに漂っているだけだ。まぁ、ドラゴンはドラゴンで、多くの時間を寝て過ごす為、時間感覚を説くことは出来ないが。
「あぁ、この世界が誕生してからそろそろ1200年ですからね。混沌も邪悪も動き出すでしょう」
「……。もう、そんなに時間が経ったのか」
世界への異常を感知してから、世界の転生までの期間が少しずつ短くなってきている。大きく違ってくる訳では無いが、少しずつ確実に。もしかしたら、今回の世界は後100年も経たずに転生してしまうかも知れない。ステラがその寿命を使い果たすことなく、世界はリセットされてしまう可能性だってある。
この世界。永遠に続く希望の世界に住む存在の宿命と言えば、それまでの話でしかない。