堕落の物語
「ねぇ、フォル君。そういえばドラゴンによって鱗の色が違うって話を聞いたんだけど、どうしてなの?」
「ステラ、急にどうした?」
快晴の穏やかな気温の中で、いつものようにステラはフォルフルゴートの所へ遊びに来ていた。頻度は下がっても、それでも頻繁と言えるのではないだろうか。
「火竜のギアって赤いんでしょ? 火だから赤いのかなーって思ったの」
「安直だ……。絶対に色で見分けがつくとは言えない。ギアは火のブレスが得意なだけで火竜と呼ばれているだけだ。偶然鱗が赤だったに過ぎない」
ドラゴンの能力と、鱗の色のイメージが一致するとは限らない。ギアが偶然一致しただけで、白竜のリアは別に氷のブレスを吐いたりしないし、黒竜のムアが闇のブレスを吐いたりはしない。そもそも、ドラゴンのブレスと言えば基本的に火である。例外が居ない訳では無いが、火以外のブレスは珍しいと言って良い。
「フォル君は、白? 銀にも見えるね。何色って事になってるの?」
「別に僕の色が何色でも良いだろう。特にこれと言って特定の色で呼ばれた事は無い」
フォルフルゴートは中立竜と呼ばれている。強いて言えば白竜と言われた事は多少あるが、あの白竜と同じ括りというのは、なんとなく嫌気がさしたので、言わないことにした。ステラは草原に寝そべって日を浴びている。
「そうなんだー。ねぇ、銀竜とかカッコいい感じがしない?」
「どうでも良い」
そんな雑談を続ける二人に、気怠そうな表情の大男。怠惰の悪魔グネデアがのろのろと近寄ってきた。ステラは1度会ったことはあるのだが、如何せん昔の話なので覚えていないようだ。起きて少し警戒している。
「アァ? 俺が来たのは数年前だから覚えてねぇのか。メンドクセェ」
「何の用だ。グネデア」
フォルフルゴートはグネデアを睨むが、。動じた様子もなくめんどくさそうに頭を掻くだけだ。ステラは思い出そうと考え込んでいるが、記憶を引き出すことが出来ないらしい。
「メンドクセェ。用があるのはそこのガキだけだ」
「そんなガキって言われるほど子供じゃないんだけど」
「メンドクセェ。俺からしたら人間なんざガキだ」
グネデアがそんな存在なのはフォルフルゴートとしては知っていることだが、それでもこの対応には何も思わない訳では無い。それに、ステラに用があると言っていた。それを見過ごすわけにはいかない。
「グネデア、何を考えている」
「アァー? 俺は少し伝えておかなけりゃいけねぇんだよ。一切手は出さねぇから、ダマッテロ」
グネデアは基本的に自分から動くことはない、そんな奴が伝えないといけないというのはとても怪しい。フォルフルゴートは監視でもするようにその動向を見ている。何か不振な行動をしたら、すぐさま動けるように。
「私に伝えないといけないことって、何?」
「お前の在り方は否定しねぇよ。態々逆らうなんて、メンドクセェ。本質が、本質の姿をしていて、悪いことなんてネェダロ」
しかし、ステラは困惑の表情を浮かべるだけだ。グネデアの言いたいことが伝わっているようには見えない。急にこんなことを言われた所で、把握できる人は居ない。
「ええと、どういうこと?」
「チッ、メンドクセェ。俺は怠惰の悪魔だ。欲って奴はそれ自体が悪いものじゃねぇ事はよく知ってる。怠けるってのは、一見欲の中でもエネルギーに成りえねぇって思うかも知れねぇけどな、それだって使い方次第だ」
「まってよ、それじゃ良く解らないわ」
珍しくグネデアが長く話しているが、ステラには理解が出来ていないようだ。いや、話の内容自体はなんとなくだが理解できないこともない、問題は、どうしてそれを伝えなくてはならなかったのかという、大前提の部分が不足している。
「グネデア、それでは伝わらん」
フォルフルゴートが呆れたようにため息を吐く。グネデアは比較的頭は良い方だが、めんどくさがってそれを伝えようとしない事が多い。そのせいなのか、何かを伝えるというのが致命的に下手だ。相手に伝わるように、流れを考えて話すのが面倒なのかもしれない。
「メンドクセェナァ! 後はガキ、テメェの問題だ。例え意味の無い選択だろうと、俺達にはどこまでも付きまとう問題になりうる。解ってんだろ、自分自身の異常性。不思議な力だとかそんな話ジャネェ、在り方がそれで良いのかって事だ」
「……。私にはよくわからないね」
ステラはニコリと笑う。その、解らないというのは、何に対しての解らないなのだろうか。ただ、この反応を見るに、解っていたとしても、おそらく話してはくれないだろう。
「アァー、とにかく。色々言ったが、素直に欲に任せるのは悪い事ジャネェダロ。後はテメェで考えろ。……時間はあまりねぇよ」
グネデアはもう知らんとばかりに、去っていった。その態度にフォルフルゴートは呆れかえる。明確に何を伝えたいのか、いまいち解らないままで居なくなってしまった。ため息が出るのは仕方が無い。だが、ステラは。
「ねぇ、フォル君。ずっと一緒だよね」
「どうした」
「なんでもなーい」
笑うステラ。もちろん一緒に居るつもりだが、フォルフルゴートにとってのずっとというのは、可能な限りという意味にしかならない。現実的に考えて、無限と有限の溝が埋まる訳が無いのだから。