制約の物語
「アハハハ! 珍しいね、フォルフルゴート。私を呼ぶなんて、何の風の吹き回しだい? どうでも良いけど、上司思いの竜だから、なんでも答えてあげるよ!」
愉快に笑い、飛び回る白竜。フォルフルゴートはこの言い分に気分を害すが、聞かなければならない事があると、気持ちを落ち着かせる。ステラが知らない筈の事を知っていた、それを伝えた犯人は白竜、リアだと確信している。
「リア、ステラに何を吹き込んだ」
飛び回っていたリアは、フォルフルゴートの前で停止すると、邪悪に表情をゆがめる。まるで笑いが堪えきれないかあのようだ。この反応だけで、犯人は確定できるというものだ。
「そうだよー、私だよー。あの人間に〈人間と竜の奇妙な関係〉について教えてあげたんだよー。なんか問題があったのかなぁー、私は真実しか言ってないのにね?」
リアはわざとらしくため息を吐くが、その表情は喜悦に満ちている。フォルフルゴートが明らかに不満そうであっても、その態度が変わらない辺り、解ってやっていたのだろう。
「言う必要は無い。余計な事をするな」
〈人間と竜の奇妙な関係〉について、周知の部分もある。人間が竜の血肉を食らうと、その力を得るが、徐々に竜となってしまう事だ。その為、血肉を求める人間も居るが、その竜の下位竜となってしまい、上位竜の命令に背けなくなる。そして、人間に戻ることもできない。対処方が無い訳では無いが、その方法が竜1体を丸ごと取り込むという事なので、実質無理だ。
「余計な事じゃないよ。フォルフルゴートが人間の姿を得られるチャンスじゃないかなぁー?」
〈人間と竜の奇妙な関係〉のもう片方の面。竜が人間を食らうと、その姿を得られる。1人の人間を丸呑みするだけで、その竜は人間の姿に変身する事が出来るようになるのだ。しかし、フォルフルゴートは、あらゆるものを拒絶してしまう。人間の姿なんて、手に入れられる筈も無かったのだが、その拒絶が効かない人間、ステラが現れた。
「僕には人間の姿は必要ない」
「その虚弱性をほっといていいのー? 最強の管理者様でしょ? 最強がこの体たらくってのも、笑えるけどね! アハハハ!」
リアの言う虚弱性。それは人間の姿を持たない竜が、中途半端に人間の血肉を食らってしまった場合。その竜は人間となり、竜に戻れなくなってしまう。完全に得ようが、中途半端だろうが、人間の姿の間はその姿に応じた力しか出ない。つまり、簡単に竜を殺せるという事だ。それを防ぐには、予め人間の姿を完全に得ておくしかない。
「ステラを食うつもりは無い。何を言っても無駄だ」
「絶対後になって後悔すると思うね。まぁ、私ならね。肉を貪るなんて野蛮な事をするくらいなら、素直に死を選びますがねぇー? アハハハ!」
帝国に居る、火竜ギアや、黒竜ムアは既に人間の姿を完全に得ているが、リアはまだ得ていない。それどころか、肉を食うとか野蛮と、他の竜に喧嘩売っているようだ。単に肉食か草食の違いなのだが、口実があれば何でもいいようだ。
「ふん。無意味に命を散らすお前の方が野蛮だろう」
リアは肉を食わないだけで、命を奪わない訳では無い。単純に面白がって、人間を襲う事もそれなりの頻度であるし、その傷が原因で亡くなってしまう事も珍しくは無い。直接的に命を奪う事は無いが、その光景を遠くから眺めて嘲笑うのだ。少なくとも、趣味が良いとは言い難い。
「何言ってるのかなぁ? 弱者をいたぶるのは強者の特権じゃないか。それに、地を這う生き物がどんな事になっても、私には興味ないねぇー! アハハハ!」
「悪趣味な話だ」
フォルフルゴートは嫌そうに言うが、リアは更に機嫌がよくなって笑う。その様子を見て楽しんでいるのだ。この性格のねじ曲がった白竜は、解っていてこういった話をする。
「最近は、私の血を置いて行ったりしてるんだけどねぇー? 死にたくなかったら飲んだらいいと思うよって、選択させてあげてるんだけど、今の所飲んでる人間は居ないねぇー。まぁ、どっちでも良いんだけどねぇ!」
こんな奴が置いていったものなんて、怪しくて飲めたものでは無いだろう。そして、飲んだところでリアの下位竜となって、余計大変な状態になることが目に見える。どちらにしても、面白がられるだけだが、英断と言えるだろう。
「聞きたいことは聞いた。去れ」
「えぇー、私はもっとお話ししたいんだけどなぁー?」
「知らん。去れ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるリア、もっとお話しでは無くて、もっとからかいたいのだろう。とはいえ、フォルフルゴートはそんなことに付き合いたくない。こんな奴の話を聞くぐらいなら、そこら辺の植物と話をする振りでもしていた方が有意義だろう。
「まぁ、良いよ。管理者って永遠に見続けてストレス溜まりそうだもんねぇ。いつか休める時が……おっと、管理者に終わりなんて無かったね。ごめんねぇー? さーて、私は帰るよ」
リアは好き勝手言って去っていった。確かに、管理者に終わりは来ない。次から次へと、世界を見続けるだけだ。フォルフルゴートはため息を吐いて、世界を見る。その先に終わりが無い事を知っている。この世界は希望だ、希望は潰えてはいけない。存在すること自体が希望なのだ。ただ、それだけの話。