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理想論の道

 〈無知の国〉から、南へ向かうと、人口の壁に囲まれた〈要塞の帝国〉が存在している。壁の中では、レンガで出来た家が連なり、賑わっている。ここでは、学校のような所で学習し、適性のある仕事に就き、報酬を得て、暮らしている。つまりは、流通というものが、小規模ながらに存在し、社会を構築している。


「好き勝手しやがって、どこに居やがる」


 〈要塞の帝国〉で最も大きな建物。城のように見えるが、その最上階の部屋。そこには台座に座る鎧を着た男と、いくつもの空間の穴がいくつも存在していた。男は不機嫌そうに、空間に空いた穴を見ている。まるで何かを探しているように、視線を動かす。沈黙の時間が流れる。


「そこか!」


 ようやく何かを見つけたようだ。空間の穴の一つに手を入れ、そこから一人の人間を引きずり出してきた。そして、用が済んだとばかりに、全ての穴は消滅する。引きずり出された人間は、どこにでも良そうな、一般人にしか見えない男性。だが、こんな状況に陥りながらも、動じていない。


「イニシエン様。何かありましたか?」


 この部屋の主人。邪悪の管理者ラギ・イニシエンに対して、まるで何ごとも無かったかのように問いかける男性。見た目はただの痩せ気味の男だが、こうも現状に対して無反応であれば、おかしいとは思うだろう。


「黙れ、俺の民を連れ去って行ったのはお前だろ」


「はい、私は信仰の天使、オールグローリアです。苦痛から人間を救済するためにここまで来ました」


 向かい合う、邪悪の管理者と、信仰の天使。帝国の人間が居なくなるというのは、この天使が〈救済の島〉に連れて行ってしまうからだ。イニシエンはどうしてこんな事をしているのかは予測がついている、だが、それを見て見ぬふりをする訳にいかない。統べる王なのだから。


「弁解でもしてみろ」


「弁解ですか? よくわかりませんね。私は救済が必要な人に、然るべき救いを与えただけです。何故、そのように言われなくてはならないのです?」


 イニシエンは睨みつけるが、オールグローリアはなんでも無いかのように見つめ返す。天使は、ただ純粋にやるべきことを遂行する存在。それがどのような影響を与えるとしても、そんなことは知ったことでは無い。


「俺はここを起点に理想郷を創る。誰もが満たされ、誰もが苦しむ必要のない世界だ。余計な事をするな」


「確かに、適切な仕事を与えられ、居場所を得る事による精神の豊かさと、報酬による物質的な欲。貴方達は上手くやってきたのでしょう。9割以上の人間が現状に不満は無いようです。しかし、全員ではありません」


 どんなに、最善を尽くそうと、社会に適応できない人間は居る。イニシエンと、その従者は会議を行っては、解消する方法を考えたりもしたのだが、今の所は順調と言えない。全員が幸福にというのは、簡単な話ではない。


「俺としては、お前らのやり方は本当の幸福とは思えねぇけどな」


「いえ〈救済の島〉に住まう人々は皆幸福ですよ。彼らの心には、ただ神に対する信仰があります。無用な諍いも、必要ないのです。ただ、神によって守られていれば、それだけで安心と安全を得られます」


 〈救済の島〉の本質。そこに集められた人間は、外界との接触を完全に遮断され、神への祈りを捧げている。そして、神は祈りに答えて、その人の全てを赦す。赦された人間は、神への感謝を込めて祈る。そういう筋書きだ。祈りの集団の中に囚われてしまえば、自身も祈りの集団の一員になってしまう。悪く言えば、妄信、洗脳してしまう事で、苦を感じないようになる。


「だが、自由が無いな。人の、人らしさを失っている。俺の理想とは遠い」


 イニシエンは、自由であり、豊かであり、苦が無い事を、全ての民に臨む。そして、民というのは、この世界に住む全ての人だ。達成出来ないと言えるほどの理想だが、それでも強引に、その意思を持ち続けている。


「貴方は理想です、実現できるものでは無い。私達のやり方こそが、最善と言えるでしょう」


「知ったことか。俺は強欲だからな。少しの欠けでも納得できねぇ。無理だなんだとか、そんな事どうでも良い。俺は俺のやりたいようにやる。とにかく、俺の民に手を出すな。行け」


「良いのですか?」


「何を言ってやがる。お前はどうでも良いが、その肉体は俺の民のものだ。気に入らねぇが、だからと言って民を傷つける王はいねぇよ。さっさと失せろ」


 オールグローリアは、人間を操っていただけ。つまり、イニシエンの前に居る男性は、ただ操られているだけで、天使本人では無い。なので、素直に逃がすことにする。


「そうですね。では、少しの間は様子見をすることにします」


「とりあえず、それで納得しといてやるよ。あぁ、そうだ。そのうちメビウスの所に行くからな、伝えておけ」 

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