裏方作業
〈無知の国〉と〈沈黙の森〉の境界の地。疎らに木々が生えている。そんな場所で、繁栄の精霊グリアと、圧縮機ディレイプレッシャーが会話していた。
「ギヒャヒャ! あー、どうすっか。どうすりゃ良いんだろうなぁ!」
「そう言ってますけど、楽しそうね。グリアさん」
グリアはいやいやと言うように、首を振る。困ったような雰囲気は全く無いが、本人としては十分に困っているらしい。因みに、今回ディレイプレッシャーの腕は人間のものと同様の形状をしている。見た目が金属であることは変わりないが、形だけなら自由に形状を変化させることが出来るようだ。
「いや、実際困ってるんだよ。良い策が思いつかねぇからな」
「私には、何が問題だったのか解らないわ。そんなにレアル様が出てきた事が不都合なの?」
グリアにとっては、レアルがフォルフルゴートの所に行ったのが問題らしい。ディレイプレッシャーは、それがどんな意味を持つのか理解してないようだが、その部分はあまり気にして無いようだ。
「ギヒャヒャ! 思い込みってのは、早い者勝ちだ。それを覆すには、それを解消する真実が必要なんだけどなぁ、俺にはそれがない。詰んでるって訳だ」
「ごめんね? 私は一応、レアルが何しようとしてるか知ってるけど。それを言う訳にはいかないわ。協力したくない訳では無いのよ、でも無理なの」
ディレイプレッシャーは、自虐するかのように苦笑いを浮かべる。協力したくない訳ではないというのは、本心のようだ。しかし、協力出来ないというのは、レアルに縛られているからだ。
「おっと、始めからそういう話だっただろ? 言い出したお前が覚えてなくて、俺が覚えてるとか、勘弁してほしいぜ!」
おどけたようにグリアは言い返す。始めから、ディレイプレッシャーを責める意図は無かった。ただ、ちょっとからかいたくなっただけの話。
「でも、大丈夫なの? 私が言うのもあれだけど、レアルはかなり、酷いことをやってるわよ。貴方の言う、嫌な予感と言うものに関係してそうだけど」
ディレイプレッシャーは表情を暗くする。レアルが何をしているのか、それを頭に浮かべたのだろう。だが、どんなに嫌悪感を感じても逆らうことは出来ない。それが機械の宿命、造るものと、造られる物の関係。
「ギヒャヒャ! これは確定事項じゃねぇよ。ただの保険であって、それ以上でも以下でもねぇな。なるようにしかならねぇって」
「あまり、役に立ててない気がするのよね」
ディレイプレッシャーの感じているものは、無力感。何かの役に立つというのは、機械としての存在意義であるが、それを達成できていると感じられない。レアルが何をしているのか、知っていながら行動できないことが、重しとなっている。
「なぁ、俺は嫌な予感を回避するため、お前はレアルの企みを破綻させるため。もし、この二つの事柄が繋がってるんなら、協力しようとは言ったが、前提を忘れてるぜ? 俺たちはやれるだけやるって、やれない事までやる事ねぇだろ」
グリアの嫌な予感と、レアルの企みが関係しているならと、この二人は協力している。ただ、出来る事が限られているのは知っている。だからこそ、やれることをやると言っている。ディレイプレッシャーは重く受け止めているが、グリアにとってはその程度の考えだ。
「でも、貴方の予測が正しいなら……」
「ギヒャヒャ! その時はその時で考えれば良いだろ。さっきも言ったけどな、ただの予測なんだよ。それに、お前が俺の予測に対してここまで反応するってだけで、レアルの企みとやらも予測が出来るってこった! それだけで十分役立ってるぜ?」
「全く、なんだかやられた気分ね」
ディレイプレッシャーは苦笑するが、先ほどの暗さは無い。ここまで言われてしまうと、なんだか吹っ切れてしまうものだ。そして、ここまで全部グリアの手のひらだと思うと尚更だ。
「ギヒャヒャ! 長生きは伊達じゃねぇぜ? まだ俺には勝てねぇな!」
「そう? 流石の私も少し反撃したくなったわ」
ディレイプレッシャーはグリアの後ろに回り、ローブの中に手を突っ込んだ。そして、腹部を掴む。急にそんなことされて流石に動揺している。
「お、おい。何を」
「グリアって、見た目では解らないけど。結構お肉がついてるのね」
グリアのお腹をムニムニと揉む、ディレイプレッシャーはその柔らかさが気に入ったようで、揉み続けているが、やられる方としては気になって仕方ない。
「おい、いい加減にしろよ」
「えー、あとちょっと」
グリアの最悪の可能性というものが、本当に起きるか解らないし、それとレアルの企みが関係しているのかもわからない。少なくとも、レアルの行動に、ディレイプレッシャーは賛同できない。だから、この二人は協力する。
「……最低でもこの世界の起点がおかしくなってることは間違いねぇ。それが、悪い方に向かわないならどうでも良いけどよ。俺は、嫌な予感がするんだよなぁ」
繁栄の精霊は、思いを呟き。そして、次の策を考える。