混沌の物語
「フォル君。寒くないの? ずっとここで寝てるけど」
いつものようにステラは来て、フォルフルゴートと話をしている。因みに、グラビはあれから来ていない。立ち寄ったフロウの話によると、メランに追われて逃げているらしい。
「僕には温度も届かない。暑いも寒いとも無縁だよ」
「いいなー」
気温は徐々に下がってきていた。ステラは草を集めて、石を打ち合わせて火を起こそうとしている。我慢できないほど寒くは無いだろうが、無いよりはあった方が良い。ただ、火は付かない。そこらへんで集めてきた草は乾燥していなかった。
「ステラ、それでは火は付かない」
「じゃあフォル君。火をつけてよー。ドラゴンは火を噴くんでしょ?」
火竜は火を噴くが。フォルフルゴートは火竜ではない。そもそも、ブレスを使えない。確かにドラゴンという種族であるが、それ以上に中立の管理者であるという事なのだ。
「全てのドラゴンがブレスを使える訳では無い」
フォルフルゴートに出来る事は拒絶だ。例えば、草の水分を拒絶してしまえば、一気に乾燥させることが出来る。おそらく、完全に水分を失って灰か炭になるが。それならいい、下手すればその周囲の水分全てが消滅してしまい、恐ろしい事になってしまう。
「そうなんだー」
その後も火を付けようと奮闘していたが、全然つく気配もなく、石を投げて諦めた。少し不機嫌そうだが、だからと言ってフォルフルゴートに出来る事は無い。やれやれとため息を吐くだけだ。
「なぁ、アンタ。何か望みはあるのか?」
「えっ!?」
ステラは後ろから聞こえた声に反応して振り向く。そこにはまるで、初めから居たかのように、女性が一人立っていた。両腕、両足に沢山の腕時計を付けたそいつは、愉快そうにステラを見つめている。
「アタイはあらゆる欲望を叶える事が出来る。アンタはただ、望みを言えば良いだけだ。簡単だろう?」
ステラは目を見開き、その女性を見つめるが。その数秒後、倒れてしまう。どうやら気絶してしまったようだ。そして、フォルフルゴートに冷たい目線を向けられる。
「レアル。何をしている」
「えぇ、アタイはまだ何もしてない。勝手にソイツが気絶したんだよ。何もしてないから、何も悪くないだろ!」
混沌の管理者レアル・グリード。人間の欲望を叶えるが、叶えたものが必ずしも良い方向に向かうとは限らない。そんな彼女は、フォルフルゴートから目を逸らして、知らん顔をしている。どうやら、ステラが気絶したのは本当に想定外だったらしい。
「少なくとも、お前には関わらせるつもりはない」
レアルは人間の望みを聞いて、それを叶えようとするが、基本的には意図しない方向に叶えるため。関わらないのが一番だ。特に、ステラには特殊な力があるので、面白がって良くないことを始めるのは目に見えている。対処方は簡単、望みを言わない事と干渉を拒絶する事。この2つを守れば、レアルは人間になんの影響も与えられない。
「えぇ、そんなにアタイが信用できないのか? 出来もしない理想を掲げるイニシエンよりは良いだろ? エンシェントは、まだ解ってる方だと思うけど、頭が固すぎて良くないね。何かを得るためには、犠牲は仕方ないものなんだよ」
「お前、ここで密かに何かやっているだろう。それで信用しろというのは無理だ」
フォルフルゴートとしては、何をしているか知っていても信用は出来ないのだが、何か聞き出せないかと思い、このような問いかけ方にしたようだ。レアルは少しだけ考えるような仕草をして、目を合わせる。
「最近、人間は持っていない筈の力を持っている場合がある。エンシェントはこの事実に対して良い印象は持ってないけど、アタイは違う。だけど、演算するには情報が少なすぎるんだ。だから、目星をつけた人間の監視をして情報を集めてる。アイツは警戒しすぎだ、確かにこの変化は世界をおかしくするかも知れないけど、新しい可能性になるかも知れない」
「お前らしい考えだ」
「だろ? まぁ、そんなわけで。エンシェントからの妨害が入らないように、阻害装置をバラまいといた。どうせ、アイツはアタイが何言っても聞かないだろうし、そんな事気にしてる時間があったら研究したい」
レアルはこの変化に対して肯定的で、有効活用する研究をしているようだ。だが、元の状態に鎮めたいエンシェントからしてみれば面白くないだろう。だから、見つからないように妨害したという事らしい。間違ってはいないし、今の所はなんの問題も起こしていない。フォルフルゴートとしては、咎める要素が無いと言える。もちろん、ステラには干渉させないが。
「僕としては、何も問題を起こさないのならどうでも良い」
「ぶっ……!」
急にレアルが噴き出し、両手で顔を覆うが、その笑い声は殺しきれていない。何がそんなにおかしいのか解らないが、笑いを抑えきれないようだ。
「どうした……?」
「アハハハ! もー、どうしたんだよフォル。急に僕とか言い始めちゃってさ、いやー、びっくりしたよ。アタイの頭でも演算不可能だったよ! アッハハ!」
「……」
もう堪える事もせずに豪快に笑い続けるレアル。対するフォルフルゴートは面白くなさそうだ。当たり前の話だが、自身の事でそんなに笑われたら、いい気分にはなれないだろう。不機嫌になっても仕方がない。
「良いんじゃない? エンシェントとキャラ被ってたし、アンタはそれくらいの方が良いよ。うん、似合ってるよ。うん、そうだね。アハハハ!」
レアルは笑いながら、その姿を消した。転移して帰ったのだろう。残されたのは、不機嫌なフォルフルゴートと、気絶して倒れたステラだけであった。