重力の物語
フォルフルゴートは結局、ドラゴン達に〈救済の島〉を見張る事を命令するだけに留めた。元々興味を示していたのは、天使による人攫いであったし、ディレイプレッシャーに言われた事を気にしたようだ。
「だが、何も情報は得られないか」
数体のドラゴンに監視させてはいるが、どうやら〈救済の島〉の周囲には認識を阻害するような結界が張ってあり、良く見えない。血の気の多いドラゴンが攻撃したようだが、結界は破られず、その攻撃を全て無力化されたようだ。こうなると、神聖の管理者メビウスが関わっているだろう。あの管理者の能力はよくわからないが、少なくとも何らかの条件下で、何らかの影響を及ぼす強力な結界が使えたはずだ。
「フォル君。いつも何考えてるの?」
いつも、目を閉じて考えてばかりいるフォルフルゴートに問いかけるステラ。今日も来ているようだ。最近は気温も下がってきていて、この前よりも少し厚着をしている。このまま下がっていって、雪が降っても来るのだろうかとぼんやり考える。
「あぁ、考えなくてはいけない事が多いんだ。ここ最近は特に」
「ふーん。フォル君はずっとここに居るけど、なんかやることもあったんだね」
ステラから見たら、ここでじっと動かず、目を閉じているフォルフルゴートは、ただ寝ているようにしか見えないだろう。とはいえ、実際にはただ考えているだけで、自身では全く動いてない。なんとも言えない気分になるが、弁解の余地は無いのである。
「……そういう事だ」
そして、いつものようにステラと適当に会話するフォルフルゴートだったが、何かが近づいてきている気配を察知する。因みに、探知範囲は自身を中心に100メートル程度。状況にもよるが、基本的に管理者の中で最も探知することが苦手と言える。とはいえ、何かあってから行動するという性質上、高性能な探知性能は無い方が都合が良いのだろう。
「よう! フォル。暇だからアタシが来てやったぞ!」
「何しに来たんだ。グラビ」
見た目は少し日に焼けた、活発そうな女性。手を振って二カッと笑う。ステラやフロウよりは年上に見える。だが、その正体は重力の精霊グラビ。人の好さそうなその見た目と裏腹に、秩序の勢力からは厄介者扱いされている。フォルフルゴートとしては、あまり嫌いではない存在なのだが、今現状では会いたくなかった。
「グラビおねーちゃん? 私ステラだよー」
「おぉ! 聞いたかフォル! アタシの事お姉ちゃんだとよ! いいなー、可愛いなぁー、連れて帰りたいなぁー!」
グラビに抱き着かれ、キョトンとするステラ。フォルフルゴートが今会いたくなかった理由がこれだ。グラビは子供好きで、以前連れ去ってしまった事があるほど。あの時はエンシェントも結構怒っていたが、全く改善の傾向は見られない。
「グラビ……。いい加減にしろ」
「えぇー、そんなのは無理だ。可愛いは正義だからな!」
「ちょっと、痛いよ!」
フォルフルゴートに注意を受けて、抱き着く力を強めてしまったグラビ。そのせいでステラが痛がり、慌てて離れる始末である。
「あ、ごめん」
「特に何もないなら、他の精霊の手伝いでもしてたらどうだ」
フォルフルゴートに問われるが、知らん顔をするグラビ。かなり身勝手な性格の為、他の精霊には好かれない、しかも、基本的に幼い姿をしている精霊は、グラビに捕まるので余計に近寄りがたい。因みに、ステラは危機を感じたのか、フォルフルゴートの背中に避難している。
「森に居るとエンシェントとメランが煩いし、フロウとガントを可愛がりに……じゃなくて手伝いに来たけど見つかんないし、そもそも探知ならアタシの出る幕無いし」
グラビが重力の精霊と呼ばれるのは、使う力が重力であるから。しかし、探知できるものは重力では無くて、エネルギーである。もちろん、重力もエネルギーを察生させるのだが、それは探知できない。なぜなら、探知する対象はエネルギー差。簡単に言えば、エネルギーの変動しか見ることが出来ない。
「そうか、ここに居ても何も無い。どこかに行け」
「えぇー、フォルは冷たいな、わかったよ。ただ、一つ気になる事があってな」
「なんだ?」
「上手く探知できないけど、この辺エネルギーの動きが激しいよ? てっきり工場でも立ってるのかと思ったけど、見渡す限り草原だし、よくわかんない。近い内地震でもあるのかなー、ガントはそんな事言ってなかったけど」
そんなことを気楽に言うが、それは明らかにおかしい。ただの地震であれば、ガントは何かしら言うはずであるし、グラビの能力は、エネルギーの変動によって大体何が起きるか予測できる筈。それなのに、こんなに曖昧な発言という事はおかしい。
「お前がこの関係で曖昧なのは、おかしい話だ」
「そうなんだけどね、実際よく見えないし、アタシにはどうにもならないよ。まぁ、フロウとガントが動いてるみたいだし、後の事は2人に任せる!」
完全に丸投げにしたグラビは〈沈黙の森〉とは逆方向に、颯爽と逃げていった。気になることは言っていたが、フォルフルゴートには調べる術がない。できる事は待つだけだ。
「なんだったの?」
「奴の事は気にするな」