間違いの物語
その後、ギレーアとステラは帰った。残されたフォルフルゴートはドラゴン達の視界から〈救済の島〉の様子を見ようとしたが、その島付近にドラゴンが居なかったので、見ることは出来なかったようだ。ドラゴンは上位存在に逆らえないという性質がある以上、命令すればどのドラゴンも動く。フォルフルゴートはドラゴンの中で最上位の存在だ。
「いざとなれば、仕方ないか」
フォルフルゴートは命令して無理やり動かすのをあまり好んでいない。必要な時は仕方ないと割り切ってはいるが、だからと言って、出来るだけこの方法は使いたくないようだ。目を閉じて、思案に暮れていると、フロウが他の精霊をつれてやってきた。
「フォルフルゴート様。こんばんわ」
「フロウと、ガントか」
フロウの隣に居たのは、大地の精霊ガント。浮いているフロウとは違い、地面に足をついている。そして、その肌はまるで地面のような色をしている。フロウが風と同化して多くを知ることが出来るが、ガントは大地と同化して、その地の続く限りを知ることが出来る。
「久しぶり、フォルフルゴート様。私もフロウとここの調査に入るので、お願いしますね」
「まだ、何も得られないのか」
フロウがわざわざ呼んできたという事は何も得られていないという事だと予測できる。その表情を見ると、あまり明るく無いように見える。情報収集が得意な精霊としてのプライドが傷ついたのか。
「はい、何も情報が得られないのです。特にこの地は何かに阻害されて良く見えません。ですので、何かあるかと思い、地中を見る事の出来るガントさんを連れてきたのです」
風であるフロウは地中は見えない。そういった場所なら大地の精霊であるガントの方が適役だ。ただ、その本人は頭を掻いて困った顔をしている。
「うん。地中も同じで、何かに阻害されて良く見えないんだ。私も困ってしまったよ」
「やはり混沌の仕業と思います。ここまで広範囲の阻害となると、レアルが動いていると思われるのですが、会ったりはしていませんか?」
混沌の管理者レアル・グリードは何かを阻害、正確には、誤魔化すと言った方が良いだろうか、そういった事が得意だ。何かを犠牲にして、何かを得る。変化を促進させる文明の管理者。性格に少々問題はあるのだが、そういう存在なのだろう。
「そうだ、天使による人攫いが発生しているらしい。神聖が干渉している可能性がある」
天使による人攫いがこの場所で発生しているのであれば、神聖が干渉している可能性は大きいだろう。いや、場合によっては神聖が何らかの方法で阻害を行い、混沌は何も関係ないという可能性さえもある。
「はい。ですが、それは世界の異常への関係性が無いでしょう。ここの阻害も、何が行われているのか、把握できていないのが問題なだけでして、異常への関係性は無いだろうとは思っています。何を考えていようと、管理者は管理者なのですから」
精霊は全体としか認識しない。フロウは世界の異常を確認するのが重要であって、混沌や神聖が何をしてようと興味は無いという。ただ、この場所で何が行われているのかを把握出来ていないので念のために確認をしようとしているだけだ。例えば、攫われた人間がこの地下に囚われていたとしても、それが世界に影響を与える可能性が無い場合は、放置するだろう。
「フロウは極端すぎるよね。まぁ、でも。攫ったのが天使なら、悪い事にはならないと思うよ。彼らは救済者なんだから」
天使は救済者だ。苦痛を和らげ、罪を許し、人間を救うための救済者。それは確かに間違いないのだが、フォルフルゴートには解せない部分がある。どうして密かに攫っているのか。善性の存在が人攫いなんて言われても良いのだろうか。
「何かが噛み合っていない。何かを見落としているのか……」
「うーん。もしかしたら、1つだと思ってたのが、1つとは限らないのかも」
ガントも思案に暮れる。確かに精霊であって、精霊としての思考を持つのだが、フロウほどに極端ではない。いや、正確に言うのであれば、精霊の中でもフロウは極端な思想の持ち主だ。
「ガントさん。そのような事を考えている時間がありましたら、ここの解析を進めますよ。異常は明らかに進行しています。立ち止まっている時間は無いのです」
フロウは困ったようにガントに言い放つ。それは他の事を侮蔑している訳では無い。ただ、何が重要なのかを理解しているだけだ。冷徹に振舞っているのではなくて、冷静に振舞っているだけ。だからこそ、他の人たちも理解を示す。
「時間をとらせて悪かったな」
「いえ、問題ありません。何か情報を得ましたら伝えてください、よろしくお願いします。行きますよ、ガントさん」
「わかったよ。とりあえず、最善を目指そうか」
2体の精霊は去っていった。おそらく〈無知の国〉の各地を巡るのだろう。フォルフルゴートはそろそろ動かなければならないのかと、いつものように目を閉じて思考する。望むのは、ただ、平穏。