中立竜の物語
「何が悪かったとは言えない。ただ、こんな終わり方は望んでいなかった。あの人の物語に触れてしまったことを不幸だとは思いたくない。だが、それは確かに不幸だった」
中立に、もはやその記憶はない。世界を管理する存在として、傷害となる記憶は必要なものでは無いのだ。それでも、記録として持ち続けた。それを手放すことを拒んだのだ。自身を苦しめるものとは解っていたが、手放す事なんて出来なかった。そして、傷と共に目を閉じた。
「ふざけるなよ! アンタは逃げるっていうのか! 何かおかしくなってきてるっていうのは解ってた筈だろ!」
混沌は、怒りの衝動をぶつけた。それでも動じる事は無かった。衝動的な行動には、固まったものを動かす力は存在しない。
「汝、世界の柱。自覚故の行動か。我が身を見るが良い」
秩序は、侮蔑の言葉を投げかけた。それでも動じる事は無かった。攻撃的な言葉には、固まったものを壊す力は存在しない。
「どうしてそうなるんだ。少しはなんとか取り戻そうと行動しろよ」
邪悪は、呆れた様子を見せた。それでも動じる事は無かった。諦観の態度には、固まったものを変える力は存在しない
「……」
神聖は、哀れみの視線を向けた。それでも動じる事は無かった。許容の思いには、固まったものを溶かす力は存在しない。
故に、中立はただ固まる。自身への失望、世界への絶望。それでも希望の世界は、ただただ希望として存在する。