レース
「私と一緒に来て。私と寝て」
手を差し伸ばされた。真剣な様子はわかる。あってすぐとは言え時間はいらないことも。
「もうすぐ結婚するからだめだ」
婚約者を裏切ることはできない。もし誘いに乗ればそれは二人に対して不誠実なことだ。
怒って呪いを掛けられるかもしれないが、きちんと断らないといけない。
「そうだったの。ごめんなさい」
あっさり謝られた。怒るかと思ったからびっくりした。
「あなたは魅力的だと思うけど、愛しているのは婚約者だけだ」
傷つけないように精一杯考えた。でも、悲しんでいる様子はない。
「これをあげる」
急に視線を切って物を取り出すのが見えた。
何かと思うとレースだった。広げて見せてきた。
「受け取れない」
どう見てもお姫様が使うものだ。こんな素晴らしいレースは見たことがない。
全身が隠れるほど大きいし、編み方がとても細かい。模様もきれいだった。よく見ると色んな違う編み方をしているのに、調和がとれている。雲のようだ。
編み物のことはよくわからないが、どう考えても作るのに時間がかかっただろう。もしかしたら何年も。
こんな高価なものを理由もなしに受け取っていいだろうか?
それに、自分は彼女の申し出を拒否したのだ。
「これは私が一人で作った。昔、人間の結婚式を見たときにこれに似たものを花嫁が被っていた。素晴らしいものだったから、同じようなもを作りたくて工夫してみた」
熱心に説明された。
「それなら自分で使えばいい」
欲しくて作ったのだろう。
「自分で眺めるだけではつまらない。もうすぐ結婚するならそのときに使えばいい。今日会えた記念」
どうしても渡したいようだ。
もらう理由はないが、逆にもらえない理由もない。
くれるというならむしろ受け取るのが礼儀ではないか。これ以上断り続けるのもなんだ。