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2.叙任

 騎士の叙任というのは、世襲の高位貴族らとは違いそれほど難しいものではない。

 それが戦乱激しく、損耗の多いウェスタンブリアの地であればなおさらだ。

 だから、ヨアンの前に立っているのはノルン卿である。


「さて、ヨアン君。略式ながら私が君を騎士に叙そう」


 世襲貴族であれば王自らが剣を手に誓約を結ばせるところだが、騎士であれば諸侯で事足りる。

 末席とはいえ、一人が貴族に叙されるにしては、簡素なものだった。

 本来ならエセルフリーダがヨアンを叙する任に当たるところだっただろうが、彼女は未だ騎士身分。

 そう、彼女の場合は騎士ではなく世襲貴族故に、その叙任には時間と手間がかかるのだった。


「私は、王を主と戴き、その御子等に仕え、獅子王国の民と……」


 略式とはいえ、叙任にあたる文言は覚えさせられていた。こればかりは、騎士になるにあたっての覚悟として、誰もが諳んじられるものだ。


「うむ。王の家臣として、その覚悟を認めよう」


 本来ならば、略式の祭礼では主君となるものがその肩に剣を置いて、騎士と任ずるものであるが、今回は違った。

 順序は違えるものの、ノルン卿が先人としてヨアンの頬を打つ。これは忠誠と恭順を示すためのものだ。

 そして、頭を垂れたヨアンの前に出たのは、白い服を身にまとった乙女。エレインだった。

 ノルン卿は浮かべていた笑みを深め、部屋の隅まで退いた。そこには、エセルフリーダも居る。


「我が剣は、エレイン様、貴女に捧げます」


 腰に佩いていた剣を、エレインの手に渡す。これを肩に置けば、それで誓約は成ったものとされる。 

 ヨアンの捧げた首、それを支える肩に、彼女は刃を添える。


「我が騎士、ヨアン。あなたの見せた勇気を、私は信じます」


 そう述べた彼女に、深く頭を下げる。剣が返され、与えられた手にヨアンは口づけた。


「よし。これでヨアン君も騎士だな。いや、ヨアン卿と呼ぶべきか」

「はっ、閣下の御助力に感謝します」

「いやいや、閣下はやめてくれ。君も今や貴族の一員だ」


 ノルン卿には頭が上がらない。もちろん、エセルフリーダにもだ。

 そのエセルフリーダの方はどうかと言えば、淡々としたもので寧ろその方が頼もしい。


「これで貴殿も騎士の一人だな。当てにさせてもらおう」

「はっ。ご期待に添えるよう努力します」


 騎士になったと言われても、未だに実感が湧かない。槍の腕にも自信がないのだ。

 そう零せば、他ならぬエレインに諫められた。曰く、武は置いても勇気は本物だとのこと。

 今回の作戦に限らず、何度も死地に飛び込んでいるのは事実で、意識を失うほどの怪我を負ったのもこれが初めてではない。

 そう言われれば確かにそうかも知れない、と思えた。それに、何も自ら槍を持って敵と戦うばかりが仕事ではないのだ。

 いや、本来ならそれが騎士の有り方なのだとは思うけれども、エレインの傍らでその仕事を見ていると、支援業務の重要性を感じた。


「しかし、エレイン様なら引く手数多かと思っていたのですが」


 金の拍車を踵につけ、戦後処理の続く城内で一休憩をとりながら疑問に思っていたことを口にする。

 聞けば、エレインに剣を捧げる騎士というのは、ヨアンが初めてだと言う。


「そう仰って下さるのはうれしいのですが……」 


 エセルフリーダが独立したときにはまだエレインは幼く、長じては騎士の妹、という微妙な立ち位置にあったために、そういった機会はなかったらしい。

 貴族同士の付き合いというのも、エセルフリーダの元辺境伯の継嗣で、王女の騎士、ゆくゆくは城伯にもなるか、という微妙な立ち位置から殆どない。

 戦場でこそ一目置かれているものの、貴族としては血筋こそ高いもののまだ、席次は低い。

 世知辛いことに、資金面でも弱いとくれば、実際に彼女と顔を合わせた事がなければ、見向きもしないのも納得はできないが理解できた。


「だからその、気軽に話せる歳の近い人というのも初めてで」


 と、軽く頬を染められてくらりと来た。

 傭兵らからしてみれば、いや、これは当初のヨアンにしてもそうなのだが、彼女は貴族の一員であり、とても同じ場所に立てるようなものではない。

 長く共に居ただろう古参の傭兵らはエレインの事を姫さん、と呼んでいたが、彼らからしたら子供どころか孫の世代である。

 ニナとナナが辛うじて歳が近く同性で友人となれそうなものだったが、彼女らも何だかんだとエセルフリーダやエレインに対してはしっかりと奉仕する使用人というところだ。

 それにつけ込む、というのもおかしいが、そのようなことになるのに後ろめたさはあった。


「きっと、これからは私のような騎士も増えますよ」


 だから、つい、心にもない事を言ってしまう。


「そう……ですね」


 彼女の顔に影が走る。慌てて言いつくろおうとしたが、咄嗟に言葉が出てこない。


「けれど、ヨアンさんが私の筆頭騎士であることは変わりませんから」


 負けた。一転して笑顔となった彼女の言葉に、勝てないな、と悟った。

 戦っている訳ではないけれど、これからも彼女には敵わないだろう。



※※※※※



 こうして、ヨアンはエレインに剣を捧げる騎士となった。

 リュング城伯エセルフリーダ麾下の筆頭騎士となった彼は、その実力に疑義を投げかけられても笑って誤魔化すだけだったという。

 しかしながら、仲間、指揮下の兵の事を笑われれば迷わずに剣を取り、また、彼が剣を捧げてからそう経たずその夫人となったエレインは、彼の勇気を疑う言を聞けば黙っていなかったという。

 出自こそ華々しくないものの、だからこそ、平民とも分け隔てなく接する姿勢を評価されて、彼は平民らからの信望も篤かったと、後には語られる。

 ヨアンの名は、以降、主君とその……その右腕、とでも言うべきだろうか。ともかく、彼女らと比べれば地味ではあるものの、名を残し続けることになる。

 騎士になった青年は、近く、彼の主君の復位のために旧帝国の皇帝の下に向かい、その後、傭兵団長の少女と出会う事になるのだが、それはまた別の話。

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