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9.進退

 ヨアンらの背後から、剣戟の音が聞こえ始める。


「走れ走れ走れ!」

「どっちに行くんだったか!?」

「右です! 右!」


 こうなるともう、時間との勝負だった。

 城壁の内部を駆けて、跳ね橋を吊る鎖を下ろすのだ。城門を開けられればなお、良い。

 というよりも、城門を開けなければ、脱出することが出来ないのだ。

 外からは頑強なそれだったが、内側からは比較的簡単に開くことが出来た。そうでなくては、門としての役割を果たせない。


「後の事を考えている暇じゃないか!」


 状況は最悪に近い。敵に捕捉され、しかも、今となっては、こちらの企図は相手にも筒抜けだろう。

 先回りされると、それだけ突破が難しくなるものだから、今はただ一刻も早くここを抜けるしかない。


「待て! そこで止まれ!」

「そこをどけぇ!」


 弩を持った兵が二人、前に立った。片方は、先ほど階段で逃げて行った男だろう。

 ヨアンは、肩口から当たるようにして剣を突き出した。敵の繰り出した剣は、兜の上を滑っていくだけに留まる。

 押しのけるようにして、そのまま駆け抜けようとしたのだがそうもいかず、敵兵を下敷きにして倒れ込んだ。

 ヨアンの脇を傭兵らが走り抜ける。もう一人も危うげなく打ち倒されたようだった。


「ほら、いくぞ」


 弓兵の差し出した手を取って、立ち上がると走り出す。

 足を止めている暇もない。出発前、頭の中に叩き込んでおいた地図を思い出しながら走る。


「ぐっ!?」


 と、弓兵がくぐもった声を上げた。


「どうしました!?」

「いや、何でもねぇ」


 でこぼこの通路に足でも取られたか、と首を傾げるが、良いから走れ、と言われて前を向く。

 後方、入り口を押さえているからか、その先は邪魔されることもなく巻き上げ機の下へ辿り着いた。

 内側から侵攻される、ということは想定していなかっただろうから、ここを押さえている兵が居ないのも当然と言えた。

 万が一、跳ね橋が落ちると言うときは、巻き上げの鎖がそれならば、城壁の上に兵を集めていた方が効果的だ。


「回せ回せ!」


 重い歯車を力一杯に回す。巻き上げられないように鎖を断つことも考えたが、そうそう壊れたりしないように、それは頑丈に作られていた。

 人の腕ほどもある太い鋼鉄を断ち切るには、どれほどの力が必要だろうか。それこそ、大砲が直撃でもしないと無理だろう。


「畜生! 重ぇな!」

「口より手を動かしやがれ!」


 汗を流しながら、悪態をつく。どれだけ回しても、まだまだ橋は下りないようだ。

 焦っているせいもあるだろうが、時間がかかりすぎる。目に垂れてきた汗をぬぐう暇も惜しんで、ただただ回す。


「どうだ!? まだつかねぇか!?」

「もう少しってとこだ! 俺と代われ!」


 もう限界だ、とばかりに声を上げた歯車を回す傭兵に、弩を射るための小窓から外を見ていた兵がとってかわる。

 ヨアンもまた、全力で歯車を回しているが、そもそも、それほど早く回すようにそれは出来ていない。

 ガラガラと音を立てて滑る重い鎖は、足を取られれば大変なことになるだろう。

 もちろん、この歯車にも、だ。服でも挟まれたら軽い怪我では済まないことは、火を見るよりも明らかである。

 しかし、そんなことを気にしている暇もない。


「よし! 下りたぞ!」

「早く壊せ!」


 息を切らしながら休む間もなく、歯車を破壊する為に動く。

 ここさえ壊してしまえば、巻き上げることは出来なくなるはずだ。

 これには、兵の持っている斧が役立った。元より、木を切るためのそれだ。


「落とし戸を上げるぞ! 手伝え!」

「俺たちが抜けられる程度で良い! 早く!」


 鉄製の落とし戸は、歯車を壊すという手にも出られない。外に出るには下ろすのではなく、巻き上げるのだから、支えを失えば落ちるだろう。

 当然、気付かれれば脱出を防ぐために下ろされるだろうが、そこに関しては祈るしかない。

 橋が降りたと同時に、城前に密かに集まった軍勢が迫っているはずだから、そちらに気を取られているものと思いたい。


「こんなもんか」

「よし、出るぞ!」


 と、その言葉を言い切るか、言い切らないかの内に、城の外から鬨の声が聞こえた。

 地を揺るがすようなそれは、味方のものだと思えば心強かった。


「誰か道は覚えているか!?」

「覚えてます! 着いてきてください!」


 ヨアンは駆けだした。今、居るのは城壁の二階部分。先ほど抜けてきた廊下側の階段は、まだ塞がれているだろうから、反対側にある階段を目指す。

 バーナード達にも、外の声は聞こえただろう。彼らが無事であることを祈りつつも、自分たちは自分たちの事をやることをこなすしかない。

 城壁の中の廊下を走りぬければ、次の塔が見えてくる。これを下りればまた中庭だ。

 木製の扉を蹴り破って、階段の踊り場に出る。


「畜生! 下は駄目だ!」


 そこでヨアンらが見たのは、武器を構えた兵だ。

 計画通りに、事がここまで露見していなければ、初動は遅れるだろうし、あるいはその混乱に紛れることも出来るはずだったのだが、今はそうもいかない。


「どうする」


 という問いかけをする暇もなく、ヨアンは兎にも角にも敵から離れるために踵を返した。

 後ろから浴びせられる言葉ともとれない怒号に背を押されるように、塔を上っていく。この先は、城壁の上だ。

 口から出る悲鳴を噛み殺しつつ、階段を駆け上がり、外に出て、最前列から最後尾になっていたヨアンは扉を閉めた。

 強くたたかれる扉を背に、上がった息を整える。

 反対側の塔の事もあるし、この扉もいつかは壊れるだろう。城壁の上に至る道はいくつもあるし、追い詰められるのは時間の問題に思える。


「どうやって、抜けだせばいいんだ」


 一難去って、という訳にもいかないまま、ヨアンらは顔を見合わせた。

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