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8.足止

 城の中庭を駆ける、駆ける。

 目指すは城壁の塔を登る階段への入り口だ。


「振り向くな! そんまま抜けるぞ!」 


 籠城戦の最中で出入りの多い場所であるから、今度は扉に鍵がかかっているということはない。

 しかし、夜番に立っている兵が中に居るはずで、それを警戒しようにも後ろからも追われている状況だった。

 雪崩れ込むようにして、七人は扉の中に飛び込む。勿論、その入り口は狭く、塔の中も同様の有様だった。

 石造りの螺旋階段は左回りに作られている。


「何だ貴様ら! 何処から入りやがった!」

「ちっ、お出ましかい」


 階段の上には、兵が待ち構えていた。ヨアンはざっと目を滑らせるが、どうにも状況は良くない。

 こちらは七人、相手は今のところ声を掛けてきた一人と、その後ろにもう一人で、数はこちらが勝っている。

 だが、塔の階段は二人が肩を並べればそれで一杯になるほどに狭い。

 自然と一対一の戦いを強いられる上に、左回りの階段はこちらの右手側を柱で塞いでいる。


「よく考えられているものだ」


 一般的な城の作りであるが、こうして攻める側に回るとその気配りが忌々しい。

 先陣を切っていた一人が今、敵と打ち合っている。加勢をしたくても、激しく打ち合う二人に互いの味方は手を出せずにいた。

 後方から槍を突き出そうにも、背中を刺してしまいそうなのだ。


「おい! 早くしねえと追いつかれちまうぞ!」


 後ろからは、敵が迫っている。それを解っているからだろうか、階段の上に居る敵は、激しく打ち合いながらも盾を前に防戦に徹しているように見えた。


「埒があかねぇ! おい! 伏せろ!」


 そう言ったのは、例の弓兵だ。狭い通路の中だろうと手放さなかった長弓を構えている。

 その言葉に最前列の兵が頭を下げると、キリリ、と引かれた弦が唸りを上げ、矢が放たれる。

 遠く離れていても鎧を貫く矢だ。至近距離で射られたそれは、空を割き、木でできた盾を穿った。

 敵の慌てる顔が目に見えるようだが、その一撃で終わりではなかった。瞬く間に番えられた二の矢が速射される。

 それは盾を射抜き、それを持つ兵の身をも貫いた。


「よっしゃあ!」


 その隙を逃がす訳がない。最前列の兵が敵と左側、塔の壁の間に体を滑り込ませ、両手に持った斧を切り上げる。

 ヨアンは転げ落ちてきた敵兵を避けた。階段の半ばで動かなくなった彼は、もう戦力外だろう。


「まだやるか!?」 

「く、くそっ!」


 もう一人、上に控えていた兵は逃げることを選んだようだ。階段を駆け上がっていく。


「良し、空いたぞ! 先に……」

「待て! この野郎!」


 言葉の途中で響いたのは、後方から追いついてきた兵の声だ。

 ヨアンら七人は、互いに目を合わせた。


「このままじゃ、いつかは追いつかれちまうな」


 バーナードが、存外、落ち着いた声で言った。


「おい、そうだな、お前と……お前、俺とここに残ってくれ」

「ははっ、お相手には困らなさそうだな」


 彼は隊の中から二人を連れると、一つ笑って見せた。


「ここは、俺らに任せて先に行け」

「いや、しかし!」


 彼の様子に不穏なものを感じて、思わずヨアンは反駁していた。


「大丈夫だ。ここは守るには良い作りだからな」


 幾らそうだとしても、どうやって脱出するつもりなのか。

 違和感は、確信に変わった。バーナードらはおそらく――。


「ほら! 早く行け! じゃねえと皆、死ぬぞ!」

「っ!」


 これ以上の反論は許さない、とばかりにバーナードは言った。

 得物を肩に、傭兵らに背中を見せる。


「行くぞ、兄ちゃん。早く門を開けて戻ってくりゃ良いんだ」


 ヨアンに声を掛けてきたのは、例の弓兵。彼自身、それを信じているとは思えない言葉だった。


「そう、ですね。 バーナードさん、気を付けて!」


 しかし、それに乗るしかない。とても広く見えるバーナードらの背中を目に焼き付けるように一度見て、後ろを振り向きたい気持ちを抑えながらヨアンは階上に走り出した。


「兄ちゃん……いや、ヨアン!」


 離れて行く背中に向けて、バーナードの声が聞こえる。駆けだした足を止めることなく、ヨアンはその声を聞いた。


「後は、頼んだぞ!」


 何故、自分に。と思わないでもなかった。しかし、彼の声に否とは言わせない響きを感じる。


「はい!」


 であれば、応としか言えないだろう。

 その応答を聞きながら、バーナードは唇の端を歪めた。

 彼らの目の前には、幾人もの敵が既に見えている。小さな扉から見えるそこは、まるで、城の中すべての兵が集まったかのような風景だ。


「すまねぇな、付き合わせちまって」

「何言ってやがんだ、お前だけに良い恰好させてやらねぇよ」


 そんなことを言って、残った三人は互いに笑いあった。遂に、一人めの兵が階段に足を掛ける。

 元より狭いそこは、先ほど打ち倒された兵の体で塞がれている。

 それを無頓着に踏み越えた敵の姿を見て、バーナードらはまた一つ、覚悟を決めた。


「ま、旅は道連れ、って言うからな」


 死出の旅だって、それは同じだろう。などと嘯いてみせる。


「俺らも年貢の納め時、って訳だ」

「若いもんに花持たせてやらんとな」


 目前に立ったのは、夜薄暗くてもなお煌めくような銀色の兜を被った騎士。


「精々、時間を稼がせてもらおうじゃねえか」


 バーナードは、右手に握った斧を振り上げた。

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