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5.潜入

「よし、それじゃあ行くか」

「こっからは静かに、だな」


 すっかりと陽が落ちて、数刻は経っただろうか。砲撃の音も止んで、城内の動きも見られなくなっていた。

 軽い調子で傭兵らは声を掛け合うが、それとは裏腹に表情は気楽なものとは言えなかった。

 一つ気合を入れて、隠し通路の入り口を塞ぐ岩を転がしてどかす。そこから覗いたのは、如何にも暗い洞窟だった。

 松明に火をつけて中を覗き込んでみれば、鋭い岩肌はてらてらと光を返した。

 持ってきていた綱を互いに握って、そこに足を踏み入れる。頭を下げなければ通れないような、狭い道だ。

 黴臭さと狭さで、息苦しさすら感じる。


「おおっと」

「大丈夫か、兄ちゃん」

「ええ。すみません」


 思わず声が高くなりそうなのを抑えて、後続の者と小声を交わす。

 岩肌がてらてらと輝いていたのはどうやら、濡れているためらしい。

 足元が滑って危うく転びそうになった。そうなると、同じ綱を持っているものだから、最悪、周りを巻き込んで倒れることになる。

 互いに肩を支えながら、どうにか洞穴を下っていく。手を突こうにも、その壁も滑るものだから、中々に難儀だ。


「どこまで続くんだ」


 とは、誰も口にしなかったが胸中は同じだろう。

 山の頂上から城の地下まで降りるのだから、その道の長さは予想していたものの、こうも暗く狭苦しい場所では時間の感覚があやしくなってくる。

 初めの方こそ、武具の立てる音に細心の注意を払っていたものだが、道も半ばに来たところで皆その緊張を保つことは出来なくなっていた。

 それにどうやら、この狭い道でも音は響かないようだ。

 最前列を歩くバーナードが持つ松明一本の仄暗い明りのなか、荒い息遣いと衣擦れ、金属のぶつかる小さな音ばかりがよく聞こえた。


「あ痛っ」


 頭を天井部分にぶつけてしまった。幸い、鉄兜を被っていたためにそれほど痛くはなかったが、衝撃で目が覚めた。

 どうやら気付かないうちにぼんやりとしていたらしい。思いの外、大きい音に前列の者が振り返ったのに頭を下げる。

 そうしてどれほど下りてきただろうか。上方向に開けた場所に出てきた。

 どうやらこれが岩の裂け目らしく、明りは暗闇の中に吸い込まれていくようでどれほどの高さがあるのかは窺えない。

 左右の壁がのしかかるような圧迫感を与えられる。事実、道幅は狭くなっていた。

 体を半ばねじり込むようにして進んでいけば、いよいよ、城を支えるための基礎だろうか、枠組みが見え始めた。


「よし、手前ら準備は良いか?」

「応」


 松明を消して、押し殺した声でバーナードが確認を取る。

 各員は装具を点検して、頷いて見せた。ここから出れば、敵地の只中だ。

 そっと、頭上にある床板をずらす。どうやらこの場所は全くの無警戒のようだ。

 灯り一つないそこに目が慣れてくると、どうやら先に聞いていた通り、食糧庫になっている。

 ここに火をつければ、と思わないでもなかったが、それはそれでどう出るか解らないところではあった。

 降伏してくれればいいが、自暴自棄になって抵抗が激化しては元も子もない。


「いくぞ」


 声を潜めて、そろりそろりと歩いていく。扉を押して、細く開いたそこからは光が漏れていた。


「畜生、そりゃ厨房は大忙しだよな」


 そこから見えたのは、せわしなく走り回る数人の人々。そして熱気が漏れてくる。

 食糧庫と併設されているのは厨房だった。ここから見える範囲では、戦闘要員は居ないようだ。


「どうするよ」


 声を潜める必要もないと思えるくらい、そこは騒々しく、音に溢れている。

 厨房は戦場だ、などと言うものだが、戦中のそこはまさにそのとおり。食事時は勿論、それ以外の時間には次の調理に取り掛かっているのだ。

 朝早く、夜遅く、休憩などほとんどない場所である。


「少し待ってみるか」

「いや、いつ終わるか解ったもんじゃねぇよ」

「いっそ、制圧しちまえばいいんじゃないか」

「兵士がいないって言っても、騒がれたら事だぞ」


 ヨアンらは七人しかいない。元より、出来るだけ戦闘は避けていこうという方針だ。

 隠密裏にことを済まそう、という計画には最適な事に城内は兵で溢れている。

 一般の兵には何処の軍のものかという標章などはないのだから、目を欺くことも出来ようということだ。

 ヨアンもまた、目立つサーコートは外しているから、今は鎖帷子姿の少し裕福な傭兵、という風情である。


「これだけ騒がしければ、気づかないんじゃねぇか」

「バーナード、どうだ。城の中知ってるんだろ」


 ううむ、とバーナードは顎に手を当てて考え込んだ。

 彼を置いて、傭兵らは低く抑えた声を交わす。


「一人でも逃したら終わりだぜ」

「かといって、バレずにここから出ることが出来るか?」


 厨房の出口は、どうやら部屋を斜めに横切って反対側にあるようだ。

 城の地下にあるここまで敵が入るということは当然、考えていないようで警戒はされていないようだ。


「おい! 誰か来るぞ!」


 と、扉に張り付いていた一人が小さいが鋭い声で言った。


「隠れろ!」

「そんな場所ねえぞ!」

「ちっ、とりあえず捕まえるしかねえ」


 こちらに歩み寄ってくるのは一人。逆光になって顔は窺えないが、食材を取りに来たのだろう。

 足音は一歩一歩近づいてくる。ヨアンは剣に手をあてて息を潜めた。

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