4.気付
「すげぇな。ここまで聞こえてくるぜ」
ヨアンら別働班は更に山を登り続けていた。ぐるりと稜線を回るようにして、道なき道を歩き続ける。
木の根や、時折、尖った草などがあり、足を取られると危険もあるために、草を払いながらの遅々とした進みだ。
城からは山頂を挟んで反対側にあたる場所まで辿り着いたのだが、そこまで大砲を放つ音が響いてきていた。
「ま、効果のほどは解らないけどな」
「無視はできないでしょうね」
一門しかなく、火薬も弾も限りがあるので、有効射は与えられない。と、双子は言っていた。
あれほど劇的な威容を見せた兵器だったのであるいは、とヨアンは思ったものだが、そんな単純な話では終わらないらしい。
「こけおどしだよ、あんなもん」
例の弓兵が忌々し気に言うが、役にたたないことを喜ぶようでもあった。
大砲だけで事がすむのなら、それに越したことはないと思うのだが。
ともかく、囮としての役割は果たしているだろう。初めに数人を吹き飛ばしたのも含み、あの大音響と白煙をまき散らす姿は実に目立つ。
対応するには門を開けて打って出るのが一番ではあるだろうが、自ら籠城の利を捨てることはないだろう。
数に関しては、獅子王国側が多いのだから、そうなればこちらの思うつぼだ。
「そこまで馬鹿じゃねえだろうから、俺らがいるんだがな、っと」
雑談をしながら、山頂付近まで辿り着いた。そこからは断崖絶壁となっており、岩肌と半ば同化するようにリュングの城はある。
ここから岩でも落とせば、と思うのだが、どうやら本丸に打撃を与えるのは難しいようだ。
そもそも、ここまで岩を持ち込む、というのが大仕事である。
遥か下、城壁の中にを走り回る幾つもの人影があり、時折、大音響とともに城壁が揺れていた。
やはり、打ち崩すまではいかないようではあった。
「陽が落ちるまで休憩だ、休憩。見えねぇとは思うが、下手に頭出すなよ」
友軍から離れて、今も戦闘を続けている敵の後ろで休憩というのも不思議な気分だ。
革袋に入れた葡萄酒を口に含みながら空を見上げれば、陽は傾いできたころである。
「よし。あいつら気づいてないみたいだな」
バーナードが傍から見ればただ岩があるだけの場所を探りながら言う。
そう、それがこの作戦の肝となる部分だ。
「リュング城には、籠城時の備えとして隠し通路がある」
七人に対して、エセルフリーダはそう告げていた。
「本来は、そこから食糧を搬入して長い籠城戦でも飢えないようにするための備えだ」
かつてこの城を攻めた者の中には、思っていたよりも持ちこたえるということに首を傾げるという事もあったらしい。
「狭隘な道で、城側から見れば岩肌の裂けめとしか見えないし、出口も同様だ。人一人がどうにか通れる、という所だな」
自然にできた洞窟、山の裂け目を利用した通路だと言う。
実際に使う時には、数人を配置し、紐を通して受け渡しを行うらしいが、それは今回の事に無関係である。
後ろを突かれる危険があるとはいえ、一人がやっと、という道だから入り口を軽く塞ぐだけで十分という訳だ。
「そこを抜ければ城の食糧貯蔵庫の床下に出る。おそらく、そうそう気づかれないとは思うが」
その抜け道は脱出経路ともなっているため、知っているのは城主とその家族だが、それだけだとは言えない。
食糧を運搬するのに携わった者らなら知っているわけで、ここ数年は攻城戦がなかったとはいえ、もしかしたら知っている者が居るかもしれないのだ。
入り口か、あるいは出口が塞がれていれば、それだけで計画は頓挫する。
「ここから忍び込んで、城門を開ける」
言葉にすれば簡単な話だ。
裏から忍び込んで、中から跳ね橋を下ろし城門を開ける。
その後は外に控えている本隊の仕事だ。跳ね橋さえ下ろされれば、城門を撃ち抜くことも出来るかも知れない。
「お前ら、あまり飲み過ぎるなよ」
「勿論だ。こんなもんじゃ酔えやしねぇだろ」
革袋に葡萄酒もあるが、それとは別に火酒が配られている。気付けの一杯というところだろうか。
パンはいつもの二度焼きされた硬いものだったが、チーズや燻製肉に、いくらかのジャムなども配られていた。
「もうちょい、気の利いたものが食いたいところだがなぁ」
「贅沢言うない。のんびり火を使ってもられねぇだろ」
「そうは言うけどよ」
敵の後ろで煙を立てるなどということは出来ない。
警戒されては計画が無意味になるからだ。あくまでも、本隊が攻撃を行う姿勢を見せ続けなければいけない。
そっと頭を出して下を覗いてみれば、今もまた、挑発目的に長弓が射掛けられたようだ。
危険に身を晒しているのはヨアン達だけではない。矢を射かけるということは、当然、相手の矢にも射られるということだ。
彼らの努力を無駄にしないためにも、何とか作戦を成功させなければならない。
「おう、兄ちゃん、緊張してるのか」
「ええ、まぁ……そうですね」
気づけば、拳を強く握っていた。周りの事ばかりを気にしてどうにも落ち着かない。
これが緊張しているということだろう。
「ま、とりあえず飲めや。そんなんじゃやれることも出来なくなるぜ」
「はぁ」
仕事の前には飲む、という習慣には慣れないものだった。
そもそも、酒にはそれほど強い訳でもないし、感覚が鈍るように思っている。
「ちょっとくらい、ボケてるくらいで良いんだよ。硬すぎなんだからよ」
それもそうか、と、一杯の火酒を煽る。
「げほっげほっ」
咽た。いつも飲んでいた麦酒や葡萄酒とは大違いの酒精が、喉を焼き、胃を熱くする。
「おいおい、大丈夫かよ」
バーナードが笑いながら背中を叩いてくる。ヨアンは咽せて出た涙を拭う間もない。
その様子を見て、他の五人も笑うものだから、少々、恥ずかしい思いをした。けれど、確かに肩の力は抜けた気がする。