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2.登山

「っはぁ。なかなかきついですね」

「兄ちゃんらは全身鎧だもんな」


 山を登るのは、徒歩で、という事になった。

 馬は平地でこそ速いが、坂は苦手なもので、それならむしろロバの方が向いている。

 とはいえ、ノルンは軍馬なのだから跨る分には問題のないはずだが。今、ヨアンの馬は荷車を牽いていた。


「ごめんねー兄ちゃん」

「いや、これくらい何ともないよ」


 先ほど弱音を吐いた口で御者台のニナの声に応える。

 バーナードの苦笑するような顔は、どの口が言っているのか、と語るようだった。

 軍馬は頑丈なもので、坂を上っているにも関わらず、いつもの荷馬よりむしろ、馬車を牽くのも楽そうなものだ。

 ヨアンの方はそうもいかない。山登りをするのに、鎖帷子と脛当て、籠手や鉄兜といった装具は重く、乗馬用の長靴は鐙を踏むのには良いものだが、歩くのに向いていない。

 盾こそ置いてきたものの、全身を覆う鉄は、冬にも関わらず陽の光で熱され、鎧の下に着た服は汗でじっとりと濡れていた。

 顎紐から滴り落ちる汗を拭いながら、何とか一歩一歩と前に出す。空気が薄い。


「そんな調子で大丈夫かねぇ」

「大、丈夫、です」


 体の熱さと裏腹に、外気は冷たく、息を吸うたびに喉を刺すようだ。


「頂上まで行ったら一休憩だ。気張れよ」

「……はい」


 歩兵の皆は、もとより長距離を歩くのに向いた装具を付けている。

 戦場に居る時よりも歩いている時間の方が長い訳だからと、多少の怪我には目を瞑って脛や下半身には防具を付けていない者も多い。

 そもそも、装具の類は当然、値が張るわけだから、簡単な革や綿の防具を着けているだけ、という者も少なくない。

 盾だけが頼り、というような貧しい民兵とは違い、傭兵ということで、ある程度は皆、重装と言っても良い服装だが、その中には例の弓兵のような者も居る。

 それに、慣れというものもあるだろう。槍の石突を杖代わりに歩いていく古参の傭兵らは足取りも軽くひょいひょいと登っていくものだが、若衆はやはり相応に辛そうだ。


「ほら、もうそろそろだ」


 到着前からこの様子では先が思いやられる。

 話によれば、これからさらに険しい道を通らなければならないのだ。

 右足と左足を交互に出すことだけに集中して、何とか山道を踏破する。

 今日もよく晴れていることだし、周りを見る余裕があれば、きっと道中も景色を堪能できただろう。余裕があれば。

 頂上付近の広場に辿り着いて、各々の部隊は整列を始めていた。

 陣を置くには手狭だが、軍勢が展開するには十分、といったところだ。

 登ってきた山道を見下ろせば、遥か遠くに小さく王都が見えた。こうしてみると、意外と遠いようで近い。


「ここから、見えるものなのですね」

「王都から山が見えてただろ?」


 それもそうか。こちらから見えるなら、あちらから見えるのは当然だ。

 会戦の舞台となった平原と、獅子王国の砦もここからはよく見える。 


「これは、動きが読まれそうな」


 軍勢が王都に集まれば、すぐに分かるだろうし、伝令が走ることだろう。

 ただ国境線が押し下げられる、ということだけではなく、この場所が取られていることは獅子王国にとって死活問題だと目に見えてわかる。

 今は稜線の向こうだが竪琴王国側を見ても、軍勢の迫る様子を見れるだろう。とはいえ、王都が見える獅子王国側程ではない。

 獅子王国側が防衛することに気を使っていたのはそういうことだと思えた。

 リュング城はまだ坂を上った先にあり、城壁の上に小さく動くものが見えた。此方の接近は筒抜けだろう。

 まだまだ長弓や弩の届く距離ではないが、近づけば雨あられと射られるのは火を見るより明らかだ。

 城壁があり、こちらより上方となると、弓で有効な打撃を与えるのは難しい。逆に相手からすれば城壁の隙間から顔だけ出して無防備な頭上を狙えるのだ。


「よし、ニナ、ナナ。荷を下ろせ」

「はーい」

「やっと、使える」


 休憩に入って水を飲んでいれば、エセルフリーダが双子にそのような指示を出す。

 気になってはいたのだ。常に片方の馬車だけを物資の輸送に使っているようだが、もう片方の馬車には何が入っているのか。

 てっきり、武具の予備などが入っているのかとも思ったが、それにしては使われていないようで、空荷にしては明らかに重い。

 エセルフリーダが無駄なことをするとは思えないので、そこには何かがある。とは思っていた。


「いっせーの」

「せっ」


 勢いをつけて、双子が馬車に掛けられていた幌を取り払う。


「何だ、あれ?」


 誰かが口にしたそれは、ヨアンの心中と同様だった。

 幌の下から現れたのは、一抱えほどの幅のある棒状、いや、筒状の鉄の塊だった。

 台座に据え付けられたそれは、錆びを避けるためか油がべったりと塗られ、黒光りしている。


「お兄さん達ぃ」

「手伝って」

「あ、うん」


 つるつると滑る鉄の塊の、耳のように飛び出ている持ち手を握って数人がかりで持ち上げる。

 それは見た目の通り、かなりの重量があり、落とせば骨折は免れないだろう。

 先に下ろされた車輪を、ああでもないこうでもない、と双子が台座に付けるのを待つ間、持ち続けているのもなかなかに辛かった。


「よし、出来上がり。兄ちゃんたちもういいよ」


 そうして出来上がったのは、車輪付きの台座に黒鉄の筒が据え付けられたもの。

 双子は今、余分な油を拭き取っているところだ。


「それで、あれは何なのです?」

「ああ、兄ちゃんは見た事なかったか。ありゃ大砲だよ」


 大砲。話には聞いたことがある。

 火を噴くとか何とか、竜か何かのように言われていたような気がする。


「こんなところでこれを見るとはなぁ……」


 例の弓兵は嫌そうにそれを見ている。どうにも、気に入らないようだった。

 休憩を終える頃には、砲の整備も終えられ、また馬に繋がれている。


「さて、行くぞ」

「応」


 エセルフリーダ隊は他の隊を置いて前進を始める。

 気を引き締めなければならないだろう。ヨアンら、別命を与えられた七人は互いに顔を見合わせた。

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