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9.廃村

 草原を行く隊列は、やがて村に辿り着いた。


「こいつは……」


 自らの住んでいた地域に入って、知り合いがいないものか、ないし、歓迎を受けられるのではないか、と期待を持っていた古参の傭兵達だったが、今では言葉もない様子だ。

 村は、しんと静まりかえっている。誰も居ない、という訳でもない。民家の軒先には、襤褸を身にまとい、やせ細った農夫が、昏い瞳を何処に向けるとでもなく座り込んでいる。

 いくつかの家は薪にするためか解体され、形を留めておらず、話し声一つしない村の端では、穴を掘るためにスコップを振る音が聞こえた。

 烏の鳴き声が空しく響き、兵は足早にここを通り過ぎようとしていた。

 いくら今が冬だとはいえ、これは異常な光景だ。戦場で嗅いだような、死の臭いすら漂っているように思える。

 ヨアンは思わず眉を顰めた。


「あちゃぁ、こいつは金になりそうにないな」

「手前!」


 従軍商人の一人が軽率に零した言葉に、傭兵の一人が激昂した様子で拳を振り上げる。


「ひぇっ、何だってんだ」


 頭を守るように抱えて、蹲った彼を見て、傭兵は振り上げた拳をそのままに口を噤んだ。

 その口角は震えており、言いたいことは有り余るほどで、だからこそ喉に引っかかっている、という様子だった。

 胸中如何なるものか。それは、察して余りあるものだ。とはいえ、隊内で暴力沙汰、というのは見逃せない。

 力なく下ろされた拳に、ほっと息を吐く。止めに入らなければならないかと思ったが、杞憂だったようだ。


「くそっ」

「何なんだよ、一体」


 商人は未だに何が悪かったのかすらわからない様子で、傭兵の一人に限らず周囲の皆から冷たい視線を浴びていた。

 農村の出ではない者には、この状況も、ここに住む者たちのことも解らないのだろうか。


「悪いな、うちのもんが。だがな、商人さん。あんたも言い過ぎだ」


 言っても解らないだろうがな。という言葉を小さく付け加えながらも、ギブソンは言った。

 この村の惨状は、竪琴王国側の無理な徴収が引き起こしたものだろう。

 相も変わらず昏い目でこちらを見ている農夫らは、戦に加わっているこちらを恨むようでもある。

 彼らがこうして苦労しているにも関わらず、確かに傭兵らは気楽で、煌びやかにすら見えるだろう。

 しかし、その恨みをぶつけるほどの気力も起きない。というような様子だった。


「何もできはしないか」


 ヨアンは唇を噛む。下手な施しをしたところで、何にもなりはしない。

 一人が満足に食べられるだけのものを与えたところで、数十人では雀の涙ほども残らない。

 それで買えるものは自己満足だけだろう。それに、苦しんでいるのはこの村の人々だけではない。

 根本的な解決をしなければ、彼らはいつまでも飢えと寒さに苦しみ続けることになる。

 せめて商人たちから物を購うだけの金銭があれば、と思うが、それも望めまい。

 貧者救済を謳う教会の手も、この村までは届いていないようだ。

 静けさの理由の一つは、体力に余裕のある者が外へ出たこともあるだろう。

 当然、勝手に住所を移すことは許されておらず、刑に処されるものだが、刑罰の前に生きていけないのならば、それは無意味なことだ。

 今頃、この村の周囲には盗賊で溢れていることだろう。

 軍に挑むほど無鉄砲という訳ではないだろうから、商隊や、小規模な傭兵隊などが狙われる。

 商人は彼らの格好の獲物だった。その運んでいる資材はもちろん、恨みを集めてもいる訳だからだ。


「徴兵もできそうにないな」


 若者が残っていれば、彼らを徴募して、僅かなりとも村の状態を改善できるものだが、そうもいかない。

 イナゴが通った後のように、この村には何も残ってはいなかった。

 割高だろうと糧秣を購ったり、あるいは宿を借りる、ということも出来ない様子だ。

 そうなれば、手を差し延ばすこともできず、今はただ下を向いて足早に過ぎ去ることしかできまい。

 足を止めれば、投げやりになった村人、盗賊に襲われるかもしれない。

 しかしそれを咎めるような気持にもなれなかった。

 陰気な静寂が隊にうつったように、兵らもまた居心地の悪そうに黙ったままただ足を交互に出していた。

 村の外れでは墓堀人がただただ穴を掘っている。

 こちらを向くこともなく、その手に持ったスコップを振る姿は、この世の者とは思えなかった。

 木の枝を組み合わせただけの墓には、今にも朽ちて倒れそうな僧侶が祈りを捧げていた。

 それが死者の怨嗟の声に聞こえて、背筋を震わせた。


「畜生、やつらめ」


 何処か八つ当たりのように一人の傭兵の口から零れたのはそんな言葉だった。

 やつらというのは竪琴王国の軍を指しているのだろうし、現リュング城伯やリュング一帯を分割統治している諸侯を指しているのだろう。

 しかし、この状況の遠因は自身にもあることだし、何より、同じ身の上の者らがこんな状況に置かれていることに、自身を省みてうしろめたさのようなものを感じているのだ。

 だからこそ、呟かれた言葉は八つ当たりじみている。それでも、言わずにはいられないのだろう。

 そう、原因はこの戦を起こしたあの男なのだから。

 ヨアンは奥歯を噛みしめた。そう、自身の村を滅ぼしたのは彼の男だ。

 これは自身の復讐でもあり、リュング一帯の民の復讐でもある。それが何になるかは解らないが、行わずにはいられないのだ。

 もしかしたらこれも、八つ当たりのようなものなのかもしれない。

 その考えを頭を振って吹き飛ばす。そう。今はただ、あの城を落とすことを考えるべきだ。

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