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6.破竹

 獅子王国の軍が進軍する速度はまさに、破竹の勢いだった。

 目の前の事に集中していたために何が何やらわからないものだったが、どうやら迂回進軍した隊があったものらしい。


「敵さん逃げていくぜ、こりゃ入れ食いだなっ、と」

「おい、油断すんなよ」


 敵軍が撤退していく中、獅子王国の軍が我先にとその背中を追いかける。さながら、羊を追う牧羊犬の気持ちだ。


「お先に失礼するぜ!」

「おう。毒見を頼むぜ」

「けっ、言いやがって」


 横に並んだギブソンの隊が、足取りも軽く抜き去っていく。

 猪突猛進の彼だが、事ここに至ってはこれ以上に頼りになるものはない。

 今また、食いつかれた一隊が総崩れになる。もはや、大混乱の様子だ。

 士気の崩壊した兵は我先にと武器すら投げ捨て走り始める。それを留めようと指揮官が声を張り上げるが、誰もそれを聞きはしない。

 倒れた仲間を踏みつけてすら、恐慌に陥った兵、いや、既に兵ではない。群衆が逃げる。

 その波に巻き込まれて、士気を執っていた騎士の姿がやがて消えた。

 最後に見えたのは、溺れるときにそうするように、白銀の篭手が空に差し出される姿だった。


「これは、酷いな」


 ヨアンは眉を顰めた。戦場とはいえ、いや、戦場だからこそ、この無秩序な様子は見過ごせないものになっていた。


「休戦とか言っている暇もなさそうだな」

「一体、何処で何してるもんだか」


 戦場で負けが確定した時点で、指揮官同士の休戦交渉が行われるのが常である。

 ないし、交渉が決裂したところで時間稼ぎにはなるだろう。

 それが行われなかった現状を見るに、あたら被害を拡大させているように見える。

 入り混じった獅子王国の隊から、騎士らが飛び出した。正に蹂躙、と言うべき様子で、人の壁と見えたものが溶け落ちるように崩れる。

 足元は血と死骸と壊れた武具、そして泥と化した地面で、それらを避けるのは不可能に近い。

 ノルンの蹄が何かを踏むのが伝わってきて、余り良い気持ちはしなかった。


「前を見ろ。遠くをな」


 足元を覗き込もうとして、僅かに前を行くエセルフリーダに軽く注意された。

 はっとして顔を上げれば、幾分か馬が彼女の方に寄っている。馬術の方も、まだまだ慣れていないという事だろう。

 山の稜線は遥か遠く、平原を埋める兵の波はそこを目指すようだった。遠くを眺めていれば多少は気も落ち着いてくる。


「これは、何処まで行くのでしょうか」

「竪琴王国の砦はこの先にないから、山まで押し返せるかも知れんな」


 エセルフリーダの言葉に彼女の顔を見れば、兜の奥の瞳は、リュングの山を見据えている。

 昼も休まず、獅子王国の軍は竪琴王国の軍の背中を追いかけ続けている。


「河が見えてきたな」


 平原を走る河、これは獅子王国にとっては生命線のような物だ。王都から深い森の街、そして真珠の港まで続き、海に至る。

 リュングの山々を上流とし、幾つかに枝分かれしたそれには、今は渡し守も見えない。

 河に行く手を阻まれた兵が右往左往するが、その後背からは敵が迫っている。

 崖から次々と転げ落ちていった。流れはそれほど激しくは見えなかったが、深くはある。

 武具を身にまとっては泳げはしないだろう。そもそも、泳げる者も少ないのだが。


「止まれ! 止まれ!」


 これまでも幾度か出されていた指示が、今になってしきりに発されている。

 それに首を傾げるが、隊の前にまで騎手が回って留めるのを見れば、止まらざるを得ない。


「何事でしょうか?」


 相変わらず脇目も振らず逃げていく敵の背中を目で追う。こうなると、勿体なく思うのだが。

 統率もなく、崩れていく姿に苛立ちを覚えたと思えば、それを勿体ないと思う。実に勝手な事だと自身を笑いたくなった。


「この辺り、だろうな」


 エセルフリーダは問いには答えず、ただ隊を手で止めた。

 獅子王国の軍が完全に止まるには随分と長い時間が必要だった。

 その頃には、竪琴王国の軍は遥か遠方に見えるのみとなっている。


「諸君、よくやってくれた! 今や、王都の危機は去った!」


 息も絶え絶え、といった様子で後ろから駆けてきたのは、王の補佐役の公爵だ。

 前に出ようとする兵らの目を受けて一瞬たじろいだように見えたが、すぐに咳ばらいをして話を続ける。

 とはいえ、ヨアンの居る位置に聞こえてくるのは、兵らの口から口へと伝えられた言葉である。

 遠くて聞こえたものではなく、また、時々明らかに間違ったことが伝えられるものだから、話半分くらいに聞いていた。


「こんなところで終わりか」

「このまま山まで行けんもんかな」


 傭兵らが口々に言うものだが、ヨアンは何となく話を理解し始めていた。

 つまり、現在の軍勢の規模でこのまま進軍するのは不可能だ、ということだ。

 そもそも、無理やりな動員を行って、国庫を開けての出陣だったのだから、兵を食わせるだけで無理が出てくる。

 今までは王都の近くで、しかも仮設とはいえ砦があったものだが、これから先はそうもいかない。


「そもそも、今回の目的は敵の撃退ですからね」

「それもそうなのか」

「でも、納得はいかねぇなぁ」


 目標は達成した以上、このまま進軍する理由もないだろう。

 こうして敵を押し返した以上は、後は春を待ち、予定通りの行動に移れば良い。


「一度、戻るぞ」


 エセルフリーダは馬首を巡らせて後ろを向き直る。

 そこに心残りなどは見られず、実にあっさりとした態度で、ヨアンからしても肩透かしをくらった気分だった。

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