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1.出立

「この度の事は、大変不甲斐無いと思う」

「いえ、そのお言葉をいただけただけで浮かばれますでしょう」


 ヨアンは今、領主の館で彼と対面していた。エセルフリーダに連れられて、賊の討伐報告をした後に、私室へ通されたのだから、平民としては破格の扱いである。

 出された葡萄酒は村で飲めるようなものではなく、しかしヨアンは恐縮してはいなかった。


「随分と、大きくなったな」 

「今年で二十にもなりますので」


 上唇に髭を生やし、黒髪を撫でつけたその領主は、ヨアンとも知らない仲ではなかった。

 父はそも、彼の先代の下で騎士をしていたのだ。代官として領地の一部を預かることもあり、ヨアンも十と少しを数える頃に見習いとして顔を合わせている。

 領主もまだ三十を少し数えたほどで、ヨアンとは歳の離れた兄弟と言ってもおかしくない年齢差しかなく、特に覚えられていたのだろう。


「エセルフリーダ卿から話は聞いたが、これからどうするつもりだ」

「そう、ですね」


 住んでいた村はなくなり、どこかに移住するにしてもヨアンにはこれと言った特技もない。

 簡単な読み書き算術と付け焼き刃の馬術剣術。これだけで何ができるか、と言われても返答は難しかろう。


「何なら、我が家の下で小間働きでも」


 申し分ない待遇ではあった。しかしながら、ヨアンは弱く首を振る。


「いえ、そのような過分なこと」


 ヨアンは、エセルフリーダの傭兵隊についていく積りだった。いまさら、穏やかな生活に戻れるだろうか、とも思っている。

 領主はその言葉を聞くと、残念さを隠そうともせず、そうか、と溜息をついた。


「傭兵隊とはいえ、騎士であるエセルフリーダ卿の率いるものだ。ずっと待遇はいいだろう。そうだな、パウロ卿には世話にもなったし、息子の君の身柄は私が保証しよう」

「ありがとうございます」


 領主は羽ペンをインクに浸すと、羊皮紙に何やら書き込み始めた。ヨアンの身分を証明する文書らしい。

 そうしてそれを受け取ると、ヨアンは彼の私室を辞した。今、傭兵隊は領主自らが治めるこの村に駐留している。

 エセルフリーダと領主の話によると、暫くは領内の安定のために領主はここを離れられないらしい。戦場で雇う期間を全うできなかった違約金を傭兵隊は受け取り、また戦場に取って返すつもりとのことだった。

 傭兵というと戦場で荒稼ぎして金遣いも荒いものだと思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。

 一つの部屋の前で止まると、ヨアンは扉をノックした。


「エセルフリーダ様、ただいま戻りました」

「そうか、入れ」


 エセルフリーダは獅子王国の貴族という事で、村にある領主の館に部屋を借りていた。

 部屋に入れば、ニナとナナを側仕えにして、エレインと共に彼女が座っている。


「それで?」

「はい。エセルフリーダ様の傭兵隊に雇って頂ければと思います」


 そうか、と何事もなしに彼女は頷く。エレインは少し顔色を曇らせ、ニナとナナはこっそりとお互いに目を合わせた。

 紹介状をエセルフリーダに渡すと、彼女はそれに目を通す。


「ふむ、して、読み書き算術はできるか?」

「はい」

「馬には乗れるか? 槍を振るうのは」

「馬には多少、槍は使えませんが剣を多少は」


 その言葉にニナとナナがこそこそと耳打ちをしあい、悪戯気な微笑みを浮かべる。

 何が言いたいかはわかる。この前の初陣では、随分な醜態を晒したものだ。気づけば野営地に戻っており、エレインの看護を受けていた。

 剣を握っていた筈なのに途中から拳を使っていたか、今でも右手の指、その骨が痛む。それで剣を振るえるとはよく言ったものだ。


「戦場には慣れていませんが、次は今回のような失態のないように心掛けたいと思います」

「そうか、我が隊は生憎と読み書きできるものも兵も足りなくてな、断る理由もない」


 とりあえずは歩兵として、バーナードの下に当てる。そういうとエセルフリーダは話は終わりだ、とばかりに口を閉じた。

 ヨアンは一礼をすると、傭兵隊が宿にしている家屋に向かおうと踵を返す。


「あの」


 その背中にエレインの声がかけられる。


「ご自愛くださいね?」


 その言葉にうなずいて形の上だけの礼を述べると、ヨアンはそのまま部屋を出た。

 いまさら、自らの身を案じたところで何になるのだろうか。

 領主の館から一歩出れば、まずは跳ね上げ橋がある。村とは言ったものの、その実態はと言えば荘園だろうか。

 館は簡素で、小さくはあったが城と言っても良い作りをしているし、木の城壁が家々の周囲を囲んでいる。その外と館の周辺には堀がめぐらされていて、畑はその外にある。

 同じ村と言っても、平地に柵がある程度だったヨアンの住んでいた村とは大違いだ。


「おや、あんた、パウロ様の坊ちゃんじゃないかい」

「おお、本当じゃ、本当じゃ」

「パウロ様は無事かい」


 領主の館から出ようとするヨアンとは入れ違いにやってきた、数人の村人然とした者らに声を掛けられる。

 よく見れば、見覚えのあるような顔ばかりである。


「貴方達は……」

「わしらは村を焼き払われてしもうての」

「坊が居るってぇことはパウロ様の所は無事だったのかい?」


 思い出した、周囲の村に住んでいた村人たちだ。父の見回りについていった時に快く迎えてくれた者らである。


「いえ、僕の所の村も……」

「そうかい……」

「パウロ様は」


 ヨアンは首を横に振った。彼ら村を追われた避難民たちは、落胆の色も濃く溜息をつく。


「儂らはどうすればよいのじゃ……」

「坊、あんたはどうするんだい」


 ぐっと、拳を握る。もうどうするかは決まっている。


「賊を討って下さった、エセルフリーダ卿の隊に入れてもらおうかと思っています」

「おお! さすがはパウロ様のご子息」

「もう賊を討っていたとはのぅ」

「こうしちゃおれん、若衆にも声を掛けねば」


 そうして盛り上がる彼らの声にも、奥歯を噛みしめて、ヨアンはひとまずの別れを告げる。

 やはり、焼かれたのは自身の村だけではなかったか。自らを省みて何ができたかと思えば口惜しさを感じずにはいられない。

 もう少し早く気づいていれば、あるいは、ほんの少し早くエセルフリーダらが着いていれば。

 いや、躊躇うことなく村を出て、もっと早く知らせを届けられていれば。

 せめて一人でも、連れ出すことができていれば……自らを責める理由には事欠かない。


「おう兄ちゃん、戻ったか」

「はい。これからよろしくお願いします」


 宿の前にはバーナードが立っていた。わざわざ外で出迎えてくれるとは、いつから待っていたのだろうか。


「お館様から話は聞いてるからな、ちったぁ使えるように鍛えなおしてやるよ」

「お願いします」


 いずれにせよ、もっと力があれば、傍に居る一人でも助けられたはずなのだ。

 それじゃあ早速、と早々に稽古用の武具を取り出したバーナードにヨアンは一礼すると、教えを乞うた。

 槍、剣、それから一応弩。とりあえずひとさらいすべての武器の腕前を見るつもりのようだ。


「とりあえず構えてみろ」


 見よう見まねで槍を構える。ただ棒を右手を後ろに左手前にで持っただけである。

 その時点で次々と姿勢を直させられる。腋を閉めろ、足を肩幅に開け、左手は心臓を守る位置だ。というものである。


「突け」


 振り子を振るように前に突き出してみれば、バーナードは頭を抱えるようにして溜息をついた。


「こりゃあ長くかかるなぁ。よし次は剣だ」


 剣ならば、とヨアンはよく慣れた天を衝く構えをして見せる。それにはバーナードも頷いて見せた。


「構えは悪くねぇな。ほいっと」


 突き出された槍を擬した木の棒を払う。が、次の瞬間には反対側の柄の部分が目前に迫っていた。

 習った通りの防御の型に入る。右、左、右下、左下、腕の力が抜けないように角度を保って受け続ける。


「まぁ、悪くはねぇんじゃねえか」


 苦しくも数撃を捌いたヨアンを、結局は足を払って転がしたうえで、バーナードはそう言った。


「手も足も出なかったのですが……」

「そりゃそうだ、そんな簡単に追いつけるようじゃ商売上がったりだよ」


 当り前にそう返される。なるほど、彼は熟練の戦士だ。小手先の剣技で勝てるような相手ではない。


「とはいえなぁ、俺は教えるほどに剣は使えないんだが」


 お館様かなぁ、とバーナードはぼやくように言った。確かにエセルフリーダなら剣を修めているだろう。しかし、そのような暇があるだろうか。


「ま、とりあえずは戦場で背中見てろや」


 そのうち慣れる、という話だった。

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