3.再開
どうやら戦場は、小康状態を脱して全面衝突となっている様子だった。
「リュング城伯ジェスロと呼応して攻撃を開始する算段だったのだろう」
とはエセルフリーダの談だったが、そうであれば緒戦の不可解な行動にも納得がいく。
此方を留めておく程度の衝突で時間を稼いでいたのだろう。
「どうやらアイツは逃げ帰ったみてぇだな」
片手を庇に戦場を眺め渡していたバーナードが言う。
アイツとは現リュング城伯だろう。
「あれだけ打撃を受けていれば、再編も一苦労でしょうからね」
「それもそうだがよ」
「いや、うちの村もぎりぎりだからな」
「幾ら近いったってそうそう出れるもんじゃねえよ」
領地が領地であるため、兵の中には古参傭兵たちの知り合いもいた。
エセルフリーダ隊にすんなりと吸収された彼らの態度は、ヨアンにとっては肩透かしを食らったような気分だ。
そのことを知ったとき、ヨアンとしては気まずさを感じた。少なくとも確実に一人は彼らの同胞を手にかけている訳だ。
ところが敵味方に分かれていたのだからしようがない、もはや慣れっこだ、といった様子で軽く流される始末。
恨みっこなしだ、という言葉まで受けて、そんなものかと首を捻らざるをえない。
「本当に、謝らなくていいのでしょうか」
「良いんだよ。兄ちゃんは仕事しただけだ。悪いのはあの領主ってことだ」
「大体、俺たちが捕虜になっても、奴は金払いもしねぇだろ」
「そうなると、奴隷になれればいいところだろうな」
「船か鉱山か。それならまだ素直に軍に入れてもらった方がマシ、ってな」
捕虜で金銭を得る、というのはおおよそ貴族達の話だ。
誰が農夫に金を払ってまで取り戻そうと思うか、というところである。
あるいは、互いの捕虜を交換することで取り戻すこともあるだろうが、そう多い話ではない。
傭兵達となると、金銭的に許すなら買い戻すこともある。
弩や長弓を用いるような兵となると、専門性が高くなるため、新兵で補充すれば良い。という訳にはいかない。
とはいえ、実際のところは捕まっても団長が助けてくれる、というような安心感はそのまま士気につながるもので、寧ろそちらが主の目的である。
あとは、友軍が敵を打ち破って解放してくれるか。
それらが成らなかったときは、先ほど傭兵の一人が言った船か鉱山か。
休みなしでじめじめとした暗い船の中、櫂をこぎ続けるという奴隷労働については、子供の頃からその悲惨さを聞かされている。悪いことをすると、という訳である。
それから鉱山。塩を採掘するためにこれまた休みなしで延々と、という訳だ。
他にもいろいろ、それこそ農奴といったものもあるようだが、まとめて奴隷商に丸投げだからよくは知らない。
「奴隷っつっても、食えるだけましだがな」
「そいやお前さん、奴隷だったか」
「おうよ。自分を買い戻したって訳だ」
古参ではなく、新参の傭兵の一人がそんなことを言う。
そう、奴隷とはいえ労働力であり、額は少ないが給金ももらえるのだ。
「それで今、ここに居るってのもなぁ」
自由になったところで、何が出来るか、という訳である。それで彼は今、傭兵をしている。
「ま、意外と悪くねぇがな」
「土いじりやっているよりも良いよな」
「何だかんだ、実入りも悪かねぇ」
そんなことを話しているが、今は戦場に向かう途中である。
いちいち緊張していては身ももたない。というものではあるが、こんなにも暢気な様子でよいのだろうか。
近づくにつれ、剣戟の音や、怒声、角笛や太鼓の音が大きくなってくる。
「さてさて、手前ら、そろそろ口閉じろ」
「応」
バーナードが声を掛ければ、皆が一斉に口を噤む。
正面を見れば、戦場のあちこちで部隊が衝突と離散を繰り返していた。
人数も多くなれば、戦闘は一当たりで終わるものではない。
兵も疲れるものだし、全員が全員戦闘に参加している訳でもないのだ。
「固まってるなぁ」
「いつものことじゃねえか」
混戦、といった様相であったが、その実、互いの隊はその隊列を崩すことなくぶつかりあっている。
槍と槍を打ち合わせて固まっている、というような様子だ。
その実、こうなると死人はあまり出ない。死傷者のほとんどは弩や弓によって出るものだ。
白兵戦となると、何度か当たって、機を見て後退。気が萎えたら負け。といったものである。
つまり、士気の高い方が勝つ。もちろん、数に勝っている、というのが一番ではあるが。
しかし、膠着気味な戦闘はただただ時間がかかる。
「横から突っついてやらないとな」
それを打開するには、正面でぶつかる隊を援護するために、迂回してやれば良い。
槍を壁のように構えた部隊というのは、正面に向かっては硬いものだが、横っ腹は意外と弱いものである。
それを突くにはやはり騎士らが一番なのだが、そうとも言っていられない。
遊軍となっているエセルフリーダ隊の仕事といえば、戦線の穴埋めと、他部隊への加勢である。
それこそ騎手たちで構成された王の従士隊などは、各所に派遣されててんてこ舞いをしているだろう。
「よし、全隊、準備は良いか?」
「勿論でさ。そうだな?」
「応」
先ほどまで一塊にしか見えなかった部隊を構成する一人一人を見分けることができるようになったところで、エセルフリーダは姿勢を正して後ろを向き、問いかけた。
それに対する応えはもちろん、是、である。各々が得物を検め引き寄せた。
「よし、行くぞ」
先陣を切って走り出したエセルフリーダを見て、敵の一群に動揺が見られた。
さて、一仕事である。




