2.為念
「兄ちゃん、派手な格好になったもんだなぁ」
「流石にやりすぎだと思うのですが」
バーナードがヨアンの頭にぐるぐると巻かれた包帯を見て笑う。
頭の傷は額が割れていただけなので、明らかに過剰な手当だ。
とはいえエレインの心遣いを無下にする訳にもいかず、ヨアンとしても憮然とするしかなかった。
「それで戦場に行くのか?」
「いやまさか。これでは兜も被れません」
「ヨアンさん……?」
げっ、という声を上げるのを何とか堪える。
いつの間にやら後ろから近づいてきていたエレインが、素晴らしい笑顔を浮かべている。
冷や汗が頬を流れていく気がする。
「駄目ですよ。怪我が治るまでは外しては」
「とは言われましても」
「大体、兜なんてつけたら傷口が開いてしまいます」
どうやら弁明は許されないようだ。
まったく揺るがない笑みは、こちらの話を聞くことを拒絶している。
怒るときに笑う人もいるのだな。と、他人事のように考えた。そして、それがとても恐い。
けれど、そんな笑顔であっても彼女の浮かべる表情は――。
「ごほんごほん。こいつぁ駄目そうだな兄ちゃん」
「えっ? ああ、そうですね?」
「前線に行くな、とは言いませんから、出来るだけ安静にしていてくださいね?」
「……はい」
小さく首を傾げて、お願いしているような言葉だったが、これは命令である。
有無を言わせない圧迫感を受けて、肺から漏れだしたのは、はい、という返事だった。
戦功を立てよう、という誓いを新たにしたばかりであるというのに、初めから釘を刺されてしまった。
「ま、後ろで大人しく槍持ちしてんだな」
「はぁ。仕方ないですね」
「ヨアンさん?」
「はい。気を付けます」
折よく、出立の準備が呼びかけられたのを良いことに、ヨアンはノルンの下へ駆け出した。
逃げた、とも言う。ノルンの大きな瞳もどこか呆れたように見えたのは、流石に被害妄想も良い所だろうか。
「馬に乗っていよいよ中東商人みたいな恰好になったなぁ」
ヨアンも絵で見たことしかないのだが、砂漠を行く商人は確かに頭に何やら巻いていた。
ラクダなる動物といい、彼の地の話は子供の時分、とても好きな部類に入っていた。
灼けるような太陽とか砂の海とか、色とりどりに飾り立てられた宮殿だとか。
それはおおよそ、商人や、聖地奪還に向かった騎士らから聞かれた話が元になっていた。
「それで酒宴に出れば、人気者待ったなしだぜ、兄ちゃん」
戦場でも狩人然、といった格好の、例の弓兵が笑いながら言う。
道化師か何かか、それとも演劇をするというのなら、確かに面白いかもしれない。
「それは此方の台詞ですけれど。今日もまた伊達な格好してますね」
「おおっと、言うようになったな兄ちゃん」
控え目に言っても、彼の服装も目立つ。
洒落もの、というよりも傾奇者、といった調子だが、これが意外と傭兵達の中では目立たない。
皆が皆、印象に残るような突飛な服装をしている訳だ。
それは騎士ならば家紋とその色に染め上げた旗やサーコートをまとうようなものと同じく、印象に残ることこそを目的としたものだ。
いくら奮戦したところで、何人打ち倒した、どんな戦果を挙げた、というのはその場で記録するものでもないのだから、本人の証言と周りの印象で判断するしかない。
だから傭兵らも騎士も派手な格好をしているというわけだが、実際の戦果と申告上の戦果が違う、というのもよくある事だ。
記録を取りまとめる官吏も居れば大混乱だろう。
そもそも、自身の軍を多勢に見せるために、互いの軍が数を多く主張するのも慣例となっているものだから、精々千の軍勢が万に化け、一万が五万、十万となるのは珍しいことではない。
吟遊詩人ともなれば華々しい話が好きなものだから、幾千ものというのは数が多いという意味で、おおよそ話半分、いや、十分の一くらいに聞き流すのが当り前だった。
言葉通りに信じるのは子供ばかり。それでもどうやら、大陸に大帝国のあった昔は本当に数十万の戦があったらしいのだけれど。
「この戦でどれくらいの規模でしょうか」
「両軍共に千、ってところじゃねえか?」
一体、神話の如き昔の軍は、どうやってそれほどの兵を集めたものか。
獅子王国を見ている限り、出せても最大で一万に届かないほどだろう。
ヨアンの村からも兵は出している訳で、その実態はよく知っている。
農夫を全て空にする訳には当然いかない。そんなことをすれば村どころか領地も立ちいかなくなる。
何よりも畑が大事なのだ。いくら貨幣があるとはいえ、その元となる第一は農作物、次いで家畜だ。
食糧がなければ誰しも生きられないし、偶の不作となれば戦争どころではなくなる。
戦争とはつまり、農作物を植えられる領地の獲得を目的としている面が大きい。
そして、農村で賄いきれないだけの人々は兵となってこれに参加して、そして数が減る。
この地で起きている戦争というのは、食べるための戦争、というのが正直なところだ。
「おい兄ちゃん、色々考えるのも良いけどよ、出発だぜ」
「あっ、はい」
どうにも考えに浸る癖があるらしい。気付けば、エセルフリーダも先導に立ち、傭兵らは出立の準備を整えていた。
馬を出し、砦の門を抜ける。後ろを振り返れば幾人かの兵に混ざって、白い服を身にまとったエレインが見えた。
確かに目が合ったような気がして、ヨアンは大きく一度手を振ると槍を手にエセルフリーダに従った。




