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13.突撃

「敵陣、見えました」

「ああ。騎士、従士諸君、準備は良いか?」


 良くない。そう言えれば幾分か楽なものなのだが。

 ヨアンにとって乗馬して戦闘に参加する、というのは、初めてのことだった。


「確かに、多少は手解きも受けたけれど」


 エセルフリーダから剣を学んだ際に、馬上からの取り扱いも学んではいた。

 というよりも、騎士の剣術の基本は、騎乗時にそれを取り扱うものだ。

 馬上槍を主とする、とはいっても、乱戦に巻き込まれれば取り回しの良い剣を用いるもので、やはり騎士の場合は馬に乗ってこそ騎士なのだ。

 攻城戦などの下馬戦闘の際に、武具が使えるようには訓練しているが、それらの基礎は騎乗時に応用できる。エセルフリーダに言われて初めて気づいたものではあるが。


「腕が鳴りますな」

「奴らは油断していましょう。精々、戦果を上げてやらねば」


 騎士らは手慣れた様子で装具を整え終えており、その顔は敵陣のある方向へ向けられていた。

 歩兵は隠密裏に敵の前方へ展開しており、騎士の襲撃に呼応して、敵を挟撃する予定だ。

 改めて、鐙の踏み具合や、鞍の腹帯を確かめ、剣を見る。何度やってもどうにも落ち着かない。


「行くぞ」


 エセルフリーダの小さな声を合図に、皆が一斉に口を噤む。外套やマントなどを着ていた者は、邪魔にならないようにそれを脱ぎ捨てた。

 ゆっくりと、隊は歩を進める。ヨアンは胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。 

 緊張のせいか、いや、それだけではない。恐怖のせいか。いや、確かに戦闘に入るのを喜んでいるようであった。

 まるで、悪戯をしかける時のような。そう、近いのはそれだろうか。自身の胸中の変化に驚きながら、馬を歩かせる。

 十騎からなる群れは平原を抜け、なだらかな丘を登っていく。その最中で脚を止めた。


「抜刀、襲撃準備」


 すらり、と音を立てて鞘から剣が抜き放たれた。

 それぞれが馬上で用いることを考えられ、長く鋭い、優美にすら見える剣だ。

 その切っ先が、太陽の光を浴びてきらり、と煌めいた。ヨアンもまた、剣を抜く。


「剣の柄に誓って、奴らを打倒してやろう」


 柄に口づけをするもの、誓いを口にするもの、最後の覚悟を決める。


「我が貴婦人に賭けて」


 忠誠を誓った貴婦人の身に着けていたものに口づけをする者も居た。

 やはり、騎士らも襲撃の前となれば緊張するものらしい。

 その緊張は戦意に満ち、敵を打ち破ろうというものではあったが、恐怖がないとは言えないだろう。

 騎手が死ぬときは、実に呆気ないものだ。例えば、馬の背から転げ落ちれば、後続の蹄に巻き込まれるだろう。

 ヨアンが周囲を見回す間に、各々は準備を終える。


「前へ」


 脚を当てる必要もなかった。周りの軍馬が歩き出すとともに、ノルンは歩を出している。

 常ならば、指示もなしに歩き出すことを戒めるものだが、この時ばかりは、その強い足取りが頼もしい。

 この丘を越えれば、あとは死地へ向かうだけだ。


「これはこれは、入れ食い、といったところか」


 丘を登り切れば、視界が広がった。冬尚、青々とした草原の只中で、悠々と陣を広げている敵が見えた。

 暫くはのんびりと動いていた敵兵も動きを止めた。こちらを見定めて、声もない様子だ。


「速歩、進め」


 襲撃をするにはまだ遠い。敵が慌てて動き出すのを見ながらと、焦れる気持ちを抑えつつ、馬を歩かせる。

 躍動する馬の背の上で、金具がぶつかる音が大きく聞こえた。

 まだか。敵の兵が叫ぶ、その顔が見えるほどに近づいている。

 まだか。エセルフリーダの背中は大きく見えた。

 まだか。咄嗟にだろう、弩兵の放ったボルトが、顔を掠めて飛んで行った。


「駈歩」


 心地よいほどの揺れが体を揺らす。不思議と、それまで聞こえていた音が遠のいて感じていた。

 間をおかず、襲歩へ。馬が貯めた力を放つ。音を置き去りにするような気持ちだ。

 こうなれば、馬は脚を止めることはない。立ち止まるときは、敵か、自らが命を落とした時だろう。

 群れの中で、各々の剣が突き出される。馬の首を守るためであり、敵を刺し貫くためである。

 皆が皆、喊声を上げており、気づけば、自分もそれに加わっていた。

 声を上げるだけで随分と、楽になるものだ。

 心臓も裂けよ、とばかりに馬が駆ける。

 蹄の音が重なり、地を揺らす。騎士の声は天をつんざくようで、堪らず、地を這う人は方々に散って逃げ惑った。

 しかし、それも叶わない。瞬きを許さない速度に、兵の背中がぐんぐんと迫っていた。

 ぶつかる。

 馬が何かを跳ね飛ばしたようだ。それでも、勢いは落ちない。

 騎馬は人を撥ね、蹄はその骨を砕き、騎士の剣は深く肉に食い込んだ。

 阿鼻叫喚とはこのことを言ったものか。戦場は瞬く間に混乱に包まれた。

 炊事の為に灯されていた火が天幕や秣に燃え移ったものか、周囲は煙に包まれてすらいる。

 ヨアンは遮二無二馬の首に縋りつきながらも剣を振るう。

 それは当たるものではなかったが、敵を寄せ付けないのには十分だった。

 騎士たちは立ち止まることなく、野営の陣地を駆け抜ける。

 後には屍山血河といった惨状が残り、荒らされた天幕が残るのみだ。


「ひっ、来るな! 来るな!」


 見れば、ヨアンの前に一人の兵が居る。

 周りにいた騎士たちもそれぞれの獲物に行き脚を遅らせ、気づけば近くにはヨアン一人だけだ。

 槍を手にした男は、しかし、恐れからかそれを構えられずにいる。

 どいてくれ、と叫びかけた。しかし、その声は届きはしない。

 彼がその手に槍を持っていなければ、あるいはヨアンも馬を止めようと試みたかもしれない。

 結局、ヨアンがしたことは、剣を突き出すこと。

 彼がヨアンを恐れるように、ヨアンも彼を恐れていた。

 その恐怖に歪んだ顔がはっきりと見えるところまで近づいたとき、ヨアンの剣は彼の喉元に呆気なく刺さっていた。

 僅かな手応えすらない。自身と馬の重さと、速さが加わって、力を入れる必要もなかった。

 自らの行動が招いた結果、その男の目が生気を失い、首から血があぶくを立てて漏れるのを見ながら、ヨアンは何をする事も出来ずにいた。

 体が固まってしまったようだった。気付けば、馬上から転げ落ちようとしている。

 頭の冷静な部分が、剣が男の体を刺し貫いたまま抜けず、それに引っ張られてしまったのだと教えている。

 草地の上に落ちたヨアンは、しばらくそのまま、空を見上げていた。

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