12.捕捉
「敵の隊を捉えました!」
従士の一人が、馬を駆けさせてエセルフリーダに報告する。
それを聞くにつれ、彼女の表情が抜け落ちていくように思えた。
「ご苦労。とりあえず、他の者が戻るまで休憩してくれ」
「いえ! 今すぐにでも私は出れます」
「君が出れても、他の者が出れないんだ。とりあえず、落ち着き給え」
息を切らせながらも、若い従士はまだ働き足りぬ、と言わんばかりで、今にも敵陣へ向かいそうな無鉄砲さを感じた。
エセルフリーダは改めて隊を招集すると、再出発の準備を整える。今回は、初めから戦闘となることが予想される。とのことだった。
「敵の数は如何ほどで?」
「それは彼から説明してもらおう」
「はっ! それでは」
バーナードに尋ねられたエセルフリーダは従士に話を振る。
仕事を任された彼は嬉々として語り出した。
「敵の数はおそらく、こちらと同数、あるいは多少数に優る程度だ」
こちらは約五十人程、うち十名が騎兵である。相手も同数、というのは良い知らせとは言えなかった。
下命されたのは、偵察および可能ならば撃滅、となると、同数であれば否が応にも矛を交えなければならないだろう。
補給線の確保は喫緊の課題であるし、ここで何もせずに帰ってきました、と言えば問題になるのは間違いない。
「騎馬は確認できたところで十二騎。今は荷を解いて休憩中という次第」
「相手に見られてはいないな」
「勿論です」
エセルフリーダは顎に手を当てて、何事かを考える様子だった。
斥候が敵に見られてはならないというのは、当然の話だ。今から襲撃します。といって攻撃を始めるのは、軍勢同士の会戦くらいなものだろう。
それでも、敵に内情を見られて喜ぶ者は居ない。警戒されても困るものだし、追手を差し向けられれば万事休す。
「敵の旗は書き写しておきました」
「ああ。この紋は……」
「どうしやした?」
「いや、これならばバーナード、お前たちにも見覚えがあるだろう」
馬上からエセルフリーダが投げ渡した羊皮紙には、打っ違いの斧が描かれていた。
黒いインクで旗の色を表現するような記号が記されていたが、それはヨアンにも解らない。
敵勢の状態や数、そして地形やこうした旗の判別は、訓練を受けた騎士や従士の仕事である。
これがなかなか、兵卒には任せられない。農夫は絵も書けなければ、計算や文字を読むこともできないのだ。
「こいつぁ」
「誰の紋なのです?」
ヨアンは、言葉を失ったバーナードに問いかける。
従士もどうやら、何処の家紋なのかは知らないと見えて、興味深そうに目を向けた。
「現、リュング城伯のものだ」
答えはエセルフリーダの口から発せられた。
「現リュング城伯」
つまり、裏切りを行い、この戦争の原因になった人物だ。
自分でも気づかないうちに力が入っていたらしい、ノルンが数歩よろめいた。
「聞いては居ましたが、なるほど。卑怯な手を使う」
従士は得心のいったように頷いた。
獅子王国に与するものとしては、彼の行動は許されないものだ。
「おう、兄ちゃん、大丈夫か」
「……え? いえ。はい」
手綱を握りしめていた手の力を抜く。
この戦争が始められなければ、あるいはヨアンの村が襲撃されることはなかったかもしれない。
その男こそが、父や幼馴染を殺した遠因、いや、原因であるかと思えば、力も入ってしまう。
「顔色悪いぜ」
「大丈夫です。ちょっと武者震いが」
そうかい、と言ってバーナードは苦笑する。
彼らとしても、居場所を失った原因であり、現リュング城伯は因縁の相手だ。
初めこそ言葉を失っていたものの、バーナードはもう気負う様子もなく自然体だ。
これではいけない、とヨアンは軽く溜息をつく。忘れた、とは言わないが、多少は内心の整理もついたものと思っていたのだが。
「こちらの方には敵は見えませんでしたが……どうやら、先を越されたようですな」
各所に散った騎士、従士らが続々と戻り始めていた。
敵が一隊のみとは限らないので、あるいは他の者らが発見するかもしれない。
そうなれば、敵情を窺って後退することも視野に入るのだが、どうやらそうはいかないらしい。
「貴殿の一人勝ちだな」
「いえ、いえ。運が良かっただけです。しかし、エセルフリーダ卿。このことは」
「ああ、解っている」
戦功は評定に関わるので、口添えをしてほしい、という事だろう。
「はは、これは羨ましいことだ」
「これからも諸君の満足するような場を提供できると思うがな」
エセルフリーダが笑みの形に唇の端を上げながら言う。
しかし、ヨアンにはどうしても皮肉気に見えるのだが。
「ただ散歩してきただけ、では合わせる顔もありませんからな」
「これは、槍を持ってくるべきでしたか」
「おや、貴卿は剣の扱いに不安が?」
「いやいや、どうにも無作法でいけない。それに、旗を掲げてこそ、でありましょう」
「それもそうですな」
ははは、と笑いが沸き起こる。
この分だと、騎士らの戦いぶりには期待が出来そうだ。
どうやら、エセルフリーダは騎士らを用いて奇襲をかけることを目論んでいるらしい。
「関係ないような顔してるが、兄ちゃんも従士なんだぜ」
「えっ」
歩兵と共に後詰に控えていればよいと思ったのだが。
エセルフリーダの方を見れば、彼女も騎士らと共に戦闘に加わるつもりらしかった。
「ついていかない訳には、行きませんか」
「だろうな」
現実はいつも、非情である。




