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11.現場

「しっかし、見事に持ってったもんだな」

「部隊はどうなったのでしょうか?」


 車輪の片方が外れ、打ち捨てられた馬車の幌を上げながらバーナードがぼやく。

 糧秣の類は一切残っておらず、戦った跡も殆ど残ってはいない。


「まぁ、降参したんだろ」


 という通り、兵力差を見て敵に下ったと考えるのが正解だろう。

 敵の規模は未だ不明だが、商人の話によると、なかなかの数だったようだ。

 しかし彼の話はあまり当てにはならないところではあった。

 恐怖によって十が百に、百が千に見えるというのはよくある話で、いくら従軍商人とはいえ彼は兵でもない。

 となれば、簀巻きにされて転がっていた彼の証言が曖昧で、混乱していることを責めるのはお門違いだろう。


「しかし……」


 バーナードは何か訝し気な表情をしている。


「どうしましたか?」

「いや、捕虜なんて取るものか、と思ってな」


 捕虜は貴族であれば身代金の代わりに、平民であれば精々、労働力、奴隷とするものだ。

 これを取るのは、領土と共に戦闘の目的の一つであり、しかしなかなかに厄介なものである。

 貴族を囚えれば、貴族として丁重に扱う必要がある。平民であろと、逃げないよう見張らねばならない。

 これが難しいのだ。貴族は倣いとして、自らの待遇に問題のない限り無用な抵抗をしないようにしている。

 というよりも、寧ろ、身代金を釣り上げるのに協力する。やれ、私の価値はこの程度の金貨で購えるようなものではない。といった次第だ。

 貴族は貴族として、自らも同じ扱いを望む故に、相手を丁重に扱う訳だ。しかし、待遇が悪ければ当然、文句を言う。

 平民に至っては、ただ連れ歩く、というこれが難しい。敵に捕らわれて喜ぶ者というのは当然いない。

 脱走されれば情報が洩れる心配もあるし、連れ歩くのに枷を付ければ行軍を遅くする因子になる。

 内側にそれらの荷物を抱えて動くのが、どれほど面倒なものか。

 それを手っ取り早く解決したいと思えば――。


「まさか、既に」


 言うまでもない事だ。それが最も効率的で、そして、忌むべき手段。

 教会にでも聞かれようものなら、獣にも劣る行為と言われようものだが、戦場ではままあることだった。

 貴族ならさておき、下々の者ならどう扱おうと構わない。というのが通説でもある。

 故に、もしも逆の立場となったときにどうなるかは語るまでもない。実際にそれは、獅子王国と竪琴王国の間の戦争ではよくあることだ。

 獅子王国側の主兵は長弓兵であり、騎士ではない。一方、竪琴王国の主兵は騎士だ。

 過去、竪琴王国側は捕縛した長弓兵が二度と弓を握れぬよう指を切り落とした。

 それを聞いて激憤に駆られた長弓兵たちは、次の戦場で騎士を馬から引きずり下ろし、虜囚とするどころかその場で惨殺した。

 その時に竪琴王国は大慌てで休戦交渉を申し込み、皇帝の名を借りてまで布告を出した。


『ウェスタンブリア全貴族、平民、奴隷に至るまで、何人であろうと国土を踏む者は皇帝の名においてその尊厳を保護される』


 平民には首を傾げる文章だったが、貴族にとっては今まで立っていた地盤が崩れるような布告である。

 以降、互いに捕虜の扱いは改善し、また、農民らにも権利があるとして、その扱いは大幅に改善された。

 もちろん、貴族と平民の間には大きな壁があって、一朝一夕でそう扱いは変わらないものであるが。

 ちなみに、長弓兵達の方は、一度の復讐で満足したものらしく、すっかり怒りを忘れていたようだ。


「そんなことしますかね」

「お約束は所詮、お約束だからなぁ」


 どうやら、バーナードはその従軍歴の中で、そのような所業を見てきたようだ。

 あるいは自身がそのような行いをしたか。エセルフリーダを見ると、やってないとは言い切れない恐ろしさがある。

 視線を彼女に向ければ、冷たい表情が遥か遠方を見渡すように堂々と馬上にある。


「ま、あんまり気にすんな」

「とは言われましても」

「気に病んでも仕様がない話だからな」


 精々、そういう状況にならないように願おうぜ。と、バーナードは言う。


「無意味にそんなことをするやつはいないさ」

「必要があってすること、ですか」


 それはそれで、まったく安心できる言葉ではないのだが。

 人は必要とあらば、何処までも非情になれるものだろうか。


「おやっさん、若、飯できましたぜ」

「おっ、そうかい。ま、小難しいことは気にすんなや」

「はぁ」

「ただでさえ美味かねぇ飯が不味くなっちまう」


 そう言って笑いながら、バーナードはヨアンの肩を叩くと煮炊きをする輪へと向かっていく。

 おやっさんというのは、主に若衆がバーナードを呼ぶときに使うものだ。

 まぁ、彼には似合った名だ。如何にも古参で面倒見の良さから、親しみを込めてそう呼ばれている訳である。


「ほら、若も行きやしょうぜ」

「そうだね。まったく寒くて敵わない」


 手を擦り合わせながら自身も焚火の下へと向かう。

 食事は従軍生活の中で、傭兵達にとっては唯一と言っても良い楽しみだ。

 それがどれだけ粗末な食事だろうと、その瞬間だけは人間らしさを感じられる。

 次点では一日の終わりに硬い地面に寝転がることだが、食事の時間は一種、侵してはならない神聖な時間と言っても良いだろう。

 時間が惜しいゆえにとにかく掻っ込む、という様子ではあったが、安心できるのはこの一瞬だけなのだ。

 例の皿を片手にヨアンも食事を求める列に加わる。例に漏れず、食事を喜びとする一人である。

 葉物と燻製肉の煮られる良い香りがここまで漂ってきて、今日の食事には期待できそうだ、と考えた。

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