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4.待機

「どうやら、援軍はこれだけのようだ」


 という噂話が小声で交わされていた。

 王の招集に応じたのは、領地の近い諸侯が数名と若年の騎士たち。そして、一部の傭兵隊だった。

 やはり、冬の戦争ということで、遠隔地に居る諸侯は兵を出すことを忌避したものらしい。


「それも仕方ねぇよ」

「冬場に領主様が領地を離れるっていうのもなぁ」


 国の一大事に、と思わない訳でもなかったが、軍を出すとなるとそれこそ冬の貯えがなくなってしまう。

 そうなると困るのは領民であり、ひいては領主も首が回らない状況となる。

 王都はそもそも、平原を抱えた食糧生産地である上に、国の交易の中心であるために余裕もあるが、諸領地はそうもいかない。

 焚火に当たって手足を温めている傭兵達も、元々は農民であったためにその気持ちは分からなくもない。


「それにどうやら、敵さんもそんなに多くはないらしいぜ」


 それもまた、砦の中で出回っている噂だ。

 幾度か見失いながらも、捉えられた足取りによると、規模はこちらと同等かそれ以下。

 竪琴王国側もどうやら、近傍から兵力を集めて来ているようだ。

 それもそうだろう。獅子王国に余裕がないならば、国境線から中心地が遠い彼の国は更に余裕も持てまい。


「しっかし、本当に寒いな」

「ベッドが恋しいぜ」

「気付けに一杯といこうか」

「酔っ払って外に寝るなよ」


 そろそろ敵側も見えて良いころのはずなのだが、相変わらず姿は見えない。

 目下、最大の敵はこの寒さである。

 霜焼けになった手をこすり合わせる者も少なくない。

 凍傷になりかねない寒さでは、湯に手を入れるのが一番だとはわかっているのだが、それを沸かすのも一苦労だ。

 そんな贅沢な使い方は、なかなかできたものではない。


「北の王国の冬はこんなもんじゃないらしいぞ」

「北の、って言うと海向こうのか」

「雪で真っ白になって、海まで凍るらしいぜ」

「あの広い海が凍るのですか?」


 革製のジョッキに湯を一杯もらって、ヨアンも傭兵達の輪に加わった。

 毛布を肩にかけて、焚火に当たる。薪の供給も何とかなっている。

 とはいえ、必要物品の輸送をする馬車の数も少なく、慢性的に各種物資は供給に難を抱えていた。

 ヨアンらの感じるところでは、食事の量や予備の矢の補充が少ないという所だ。


「おう。信じられねぇけどな」

「こっちでは精々、川が凍るくらいなものだけれどなぁ」

「水が凍っちまうのは困りものだけどな」


 少なくとも、獅子王国領の海は凍らない。

 ヨアンも近くで海を見たのは数度しかないが、あれほどに広く、時に荒々しい波を立てる海が凍るとは、どれほどの寒さだろうか。


「雪が積もるんなら、水の心配はしなくてよさそうだな」

「いや、それはどうなんだ……?」


 水が凍るというのは、なかなか厄介な話で、樽に詰めた水などが固まると飲み水にも困る。

 幸い、砦には井戸があるのだが、全員分の水を用意しようと思うと、大変な労力が必要になった。


「北の方では凍らない酒が人気だって聞いたな」

「火酒か」

「いいなぁ。いや、聞いてたら飲みたくなってきたぜ」


 皆がはぁ、と溜息を吐く。

 こうして話していると、傭兵らは意外と耳聡いというか、意外な事を知っていたりする。

 ウェスタンブリアには諸外国から傭兵が集まっていることもあり、雑談の中にも様々な土地の話題が上るものだ。

 戦争といっても、実際に戦闘している時間より、こうして待っているときの方が長いものだから、数奇な話はあっという間に広まるものだ。

 皆が話題に飢えている。という事だ。


「おっ、騎士の兄ちゃんじゃねぇか」

「いやぁ、その形で根性あるんだなぁ」


 などと見知らぬ傭兵に、親し気に声をかけられて驚いた事も数度ではない。

 誰が一体、そんな話を広めたものかと思えば、今回は獅子王国側で参戦しているギブソンの傭兵隊が出所らしい。


「いや、そもそも、兄ちゃん目立ってんだよ」


 というのは、隊の傭兵が呆れたように言ったことであり、聞けば、そもそも馬に乗ってる傭兵とは何者だ。という話らしい。

 考えてみればそれもそうだ。ノルンの領主からの厚意で馬を拝領して、貴族同士の約定ともいったものでエセルフリーダが維持費を受け持っているが、そも、馬を持つことは傭兵個人で中々できることではない。

 いつの間にやらというか、必要に応じてと言うべきか、ヨアンの扱いはエセルフリーダの従士という事になっていた。

 つまるところ、騎士見習いという訳だ。


「いや、これはヨアン卿」


 などと茶化される事もあるが、実際、そのうちに騎士になるだろう。と、傭兵達は見ていた。


「騎士になるなんて、考えたことないんだけどなぁ」

「何言ってんだよ。ここで一つ、ド派手に行きゃ、兄ちゃんお貴族様の仲間入りだぜ?」

「そうそう。仲間内から騎士様なんてなりゃ、どえらい自慢話になるもんだ」

「もしかしたら、領地だって貰えるかもしれねぇんだぞ」

「そいつぁいいな。俺らに楽させてくれよ」


 といった次第で、寧ろ周囲が面白がって、盛り上がっているような様子だ。

 本当に騎士を目指している従士からは酷く冷たい目を向けられるものだから、ぜひともやめてほしい。


「貴族だって、楽な物じゃないんですよ」

「そうかい? 俺らが働いている間、お貴族様は戦に現を抜かしているだけに見えるがなぁ」

「戦場でだって、俺らと違って死ぬことは滅多にないしなぁ」


 こんな話を聞かれたら、下手したら首が飛ぶのだが、ともかく傭兵にとっての認識もそんなものだ。

 しかし、この隊に対しては、論より証拠というものがある。


「エセルフリーダ様を見て下さいよ」

「あー」

「確かに大変だな」


 こうして傭兵らが雑談に興じている間も、軍議軍議、相次ぐ軍議といった様子で、なかなか自身の天幕にも戻っていない様子だ。

 戦場においては、兵と共に先頭に立ち、誰よりも武に長じた彼女は、畏れと尊敬を得ていた。

 曰く、エセルフリーダ卿になら命を預けられる。

 彼女と槍を交えたいと思うような相手は、よっぽどの戦闘狂だろう。

 偶に居るのだ。そういう人物が。それこそギブソンとか。

 そのような者らとエセルフリーダの違うところと言えば、常に損耗に気を使い、不要な戦闘は避ける姿勢だろう。

 隊の脱落率は、他と比べて実に少なかった。

 脱落しないから経験を積めて、その経験が更に脱落を減らす。

 理想的な隊長だと言ってよいだろう。ヨアンとしても幸運だったと思うときがない訳ではない。

 こうして傭兵に身をやつしている理由に思い当たると、とても幸運だ、などと言えるものではないが。


「お館様も今は騎士だもんな」

「全く、あのお方が騎士なんて悪い冗談だ」


 親しみやすさ、などと言うものは貴族には不要だ。

 まさに貴族然、超然とした彼女こそ、上級貴族に相応しいというのが、隊の共通認識だった。


「おっと、馬車が来たな。荷下ろしに行くか」


 雑談を打ち切って、傭兵らが立ち上がる。

 王都から来た馬車が、資材を山積みにして砦に訪れたのだ。


「どもー。毎度お世話になっておりますー」


 と、声を上げたのは御者の一人。商人である。臨時に隊商を雇って、荷役を任せているのだ。

 もちろん、護衛やほとんどの馬車は王の軍から出ているのだが、今は猫の手も借りたい状況である。

 結果、嗜好品の類を扱う従軍商などというものはなく、こうしてこき使われている訳だ。


「商人さんよ、偶には買えるもん持ってきてくれよ」

「いやぁ、うちらもそうしたいのは山々なんですがね? 陛下からのお願いとあっちゃあ断れないもんで」


 これでは商売上がったりだ、と冗談めかして言う彼に、傭兵は笑いながら返す。


「んな事言って、王様からも金貰ってんだろ」

「いやいやいやいや、そんな雀の涙ほどのものでして」

「今の話、従士隊に言ってもいいかい?」

「やめてくださいよ!?」


 存分にからかったところで、傭兵らも慣れたもの、荷物を次々と運び出していく。

 懐にちょっと、とちょろまかそうとする者が居ない訳でもなかったが、先ほど名の出た従士隊が目を光らせているためにそうもいかない。

 見せしめに何人か首が飛んだものだが、よくやるものだ。というのがヨアンの感想だ。


「しっかしおかしいな。敵さん何やってるんだ」

「時間はこちらの味方ですから、遅れてくれる分には結構じゃないのですか?」


 押っ取り刀で飛び出したものだから、こうしてようやく物資を貯めているところだ。

 時間が経てば経つほど、軍は強固になるものと思えた。しかしながら、相手もそれは解らない訳ではあるまい。

 それまでは楽観的に、どこかで足が止まっているものかと思えたが、この時間があれば、相手はどこまで行けるものか。

 繰り返しバーナードが首を傾げる様子に、ヨアンも不安が募ってきていた。

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