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2.行進

「はてさて、これからどうなるものか」


 いつもの行軍風景である。すっかり慣れてしまったもので、傭兵らは雑談などをしながらのんびりと歩いている。

 ヨアンも馬の背に揺られながら、のんびりと風景を眺める余裕さえあった。

 平原に位置した王都の周りは、今は茶色の畑が広がっていたが、それを越えていくと、青々とした草に朝露が輝いていた。

 足元は霜がじゃりじゃりと音を立てている。

 朝の空気は肺腑が痛むほどに清澄としており、眩いばかりの陽の光は暖かく、動いているときにはしっとりと汗をかくほどだが、ふと立ち止まったときに凍えんばかりに冷えるものだ。


「ノルンは暖かいなぁ……」


 結局、馬には出生地の名前をそのままノルン、と付けて呼んでいた。

 馬の体温は高く、片手を離してそのたてがみと首の間に差し入れると温かい。

 人が首元に冷たい手を差し入れられれば、驚いて飛び上がるだろうが、彼らは別に気にしたりはしない。

 腹には小さな羽虫が近づいてきただけで嫌がるのに、首は叩かれても気づかないことさえままあるのだ。

 そもそも跨るときにたてがみをむんずと掴んで飛び乗るものだが、そこは痛みすらないらしい。


「一体、どこに向かっているのかねぇ」

「砦の所じゃねえか?」


 隊列は実に長い。地平線まで続くほど――とは言い過ぎになるが、その半分ほどにはなるだろうか。

 少なくとも数百人規模。もしかしたら千人に及ぶかもしれない。

 最前列の王の隊には、ひっきりなしに伝令の馬が訪れている。

 それは、列中の隊からのものであったり、あるいは、何処から来たものか向かう先から訪れたものだったりする。


「敵さんも何考えているものかねぇ」

「ま、向こうの方が疲れてるには違いねぇさ」


 寒気を感じたか、体を震わせながら傭兵がぼやく。

 幸いにして今年は雪も少ない。元よりこの辺りにはあまり降らないものではあるが。

 とはいえ、この寒さは体に悪かろう。歩く傭兵らにも、常より疲労の色が濃いように思えた。

 どれほど歩いたものか、突然、前列が止まった。隊列はつんのめるようにして、前の者にぶつからないようにと急停止する。


「ちょっと早いが休憩だそうだ」


 とは、前列の方からざわざわと聞こえてきた言葉。次いで、喇叭の音が諸侯の招集を告げる。

 まだ陽が中天に差し掛かるには時間に余裕もあるように思えたが、何か相談をするついでという事だろうか。

 ともあれ、休めるとなれば喜びこそすれ断る理由はない。傭兵達は道を避けて草原にでると車座になって休み始めた。

 エレインらは、周囲に配慮しているものか馬車からは降りてこない。

 戦場となれば誰も気にしないし、エセルフリーダ隊だけならば問題もないのだが、やはり外聞はよろしくない。

 いくらエセルフリーダのような貴族も居るとはいえ、それは貴族の継嗣、男性であるという名目の下になっている。

 まさか彼女を女だから、などと言おうものなら首が飛ぶだろう。

 この地で男女間で扱いに差がない。という訳ではない。それは立場と役回りの違いからくるものだった。

 貴族の継嗣としての女性と、その配偶者の男性、というものがもしもあったとしたら、その時は立場と役回りは常と逆になるだろう。

 一般的な女性の役割――もはやそう呼ぶのは便宜上の都合だということは解るだろうが――を担う者が前線に出ることは当然、好まれることではない。

 けれども、そのような者にも力を求めるのがウェスタンブリアという土地である。

 継嗣として育てられたエセルフリーダはもちろん、エレインが剣と馬術に通じている事からも解るだろう。

 なぜならば、彼女らに求められるのは、戦に出た主人に代わり居城で采配を振ること。

 時によっては、防衛戦の指揮を執り、あるいは、主人戦死の折には家を守ることも求められる。

 殊、領地における事柄においては、奥方に頭が上がらない領主は少なくないだろう。


「しっかし、古くなった麦か」

「文句言うない。冬に食えるだけましだろ」


 昼の休憩につきものの炊事の煙が方々から上がっていた。

 麦が各隊には支給されていたのだが、おそらく、城の倉庫を開けたものだろう、それは備蓄用に貯め込まれていたもので、とても美味しいとは言えなかった。

 早速とばかりに口さがない者などは麦の形をした何か、などと言う次第だ。

 製粉してパンに焼くような時間もなかったからか、粥にして食べるしかないということも、不満の一因だろう。


「どうしたどうした、休みの間に舌が肥えやがったか」


 その声に口を噤みつつも、休暇の間、宿で暖炉を前にしていた食事を思い出して、傭兵らは溜息を吐くのだ。


「兄ちゃん、姫様に持ってってくれや」

「はい? 僕ですか」


 木の器に盛られた麦粥をスプーンの背でぺたぺたと叩いていたら声をかけられた。

 エレインに食事を持っていくのに、どうして呼ばれるのだろう。


「一応は兄ちゃん、騎士様の家の出だろ」

「ええ、まぁ。一応は」

「一応一応って酷ぇ話でやすなぁ」


 常ならさておき、やはりその辺り気を使うものなのか。

 大部隊による行動、ということで、お上品に行こう。という意図がエセルフリーダ隊に限らず傭兵達からは透けて見えた。


「エレイン様、ニナナナ……ちゃん?」


 そういえば、まともに双子を呼んだ覚えがないことに気づいた。

 初めの頃はさておき、人と話すときはあの双子とか双子、姉の方妹の方、うるさい方静かな方などと呼ばれていたし、最近はエレインの側で従者然としているから本人を呼ぶ理由もなかった。


「ちゃん……?」

「流石に、ない」

「ふふっ」


 馬車から顔を覗かせた双子は、微妙な表情をその顔に浮かべていた。

 それが面白かったのか、エレインは堪えきれずに吹き出す。


「ごめんごめん。何て呼べばいいか迷ってしまって」

「私たちはぁ」

「別に子供じゃない」


 子供はそう言うものだ。贔屓目に見ても、十五にはなっていないだろう。

 彼女らはぶつぶつと文句を続けつつ、食事の乗った皿を受け取る。


「まあまあ。ヨアンさんもニナとナナで良いのではないでしょうか」

「その方がぁ」

「まだいい」


 まったく。と頬を膨らませた赤毛の二人は、余計に幼く見えるものだが、これを口にしたら火に油だろう。


「ありがとうございます。どうですか? 隊の様子は」

「今のところ問題はなく。のんびりとしていますね」

「そうですか。それは良かった。ヨアンさんも休憩ですよね」

「はい。しかし、兵と同じ物を食べられるというのは……」

「私は気にしませんから良いですけれど」

「私たちとしては、納得がぁ」

「いかない」


 と、話したところで礼をして馬車を離れる。食事をしているところに居る訳にもいかない。

 古参の傭兵らはこの手の食事にも慣れたものでどこから取り出したものかバターやらを粥に落としている。

 次から真似しよう。次がいつになるかは解らないが。

 味の薄い麦粥をかっこんで、器を軽く草で拭う。

 馬の世話に戻ると、いつも通り秣をのんびりと食んでいた。

 彼らはいつもと変わらない様子だ。美味しいのか美味しくないのかよくわからないのんびりとした表情である。

 馬体で手を温めながら、出発まで過ごす。とても戦に向かうとは思えないような、平和な昼下がりだった。

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