表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/80

10.有閑

「お兄さんー」

「お久しぶり」


 部屋に入って、真っ先に声をかけてきたのはニナとナナの双子だった。

 目に映ったのは、机の上に広げられた書類とインク壺、そして羽ペンといった筆記用具。


「ヨアンさん、お待ちしておりました」

「エレイン様。ご無沙汰しております」


 左右を見てみれば、エセルフリーダの姿は見えない。


「エセルフリーダ卿は?」

「お姉さまですか? 今は諸侯との昼食会に呼ばれているはずですけれど」


 てっきり、エセルフリーダにお叱りを受けるものだと思っていたのだが。

 エレインのきょとんとした表情を見るに、どうやら的外れな予想だったらしい。


「えーっと、本日お招きいただいた理由は」

「ああ、そういえば言ってませんでしたね」


 手を打ち合わせて、エレインは花が綻ぶように笑う。


「ヨアンさんには書類の整理を手伝って頂きたくて」


 何だ、そういうことなのか。落胆にも似た安心感に、知らず肩に入っていた力が抜ける。

 しかし、その安心も次の瞬間に吹き飛ぶのだが。

 どさり、と置かれた書簡の数に、顔がこわばるのが解る。

 それは机の上から零れるほどで、さらに、床に置かれている物を見ると、何か冗談のような量である。


「じゃあ私たちはー」

「お湯でも入れてきます」


 逃げた。あの双子たち、逃げたぞ。


「そういえば、何やら外で決闘をなさっていたとか」

「いや、決闘というよりもただの喧嘩ですが」


 エレインの耳にも届いていたのか。いや、それも当然か。

 薦められるままに椅子に腰かけて、書類に目を通しながら、軽く雑談の種を投げられる。


「喧嘩、ですか。皆さん怪我は大丈夫でしたか」

「ええ。幸い、打撲や軽い擦り傷といったところで」

「そうですか。ちょっと残念」

「残念……?」


 何から手を付けるべきかと手元を見ていた視線を上げると、エレインがおもちゃを取り上げられた子供のような顔をしている。


「ちょっと、新しい軟膏を試してみたいなと思っていたのですけれど」


 そう言って彼女が手を置いた本は、少し年季が入っていたが、見事な革の装丁が施されている。

 表紙には複雑な文様が刻まれており、何故か美しい、というよりも禍々しさを感じる。


「それは……」


 何だろうか。と、問うことは躊躇われた。

 エレインの治療を間近で見た、いや、直接受けたヨアンとしてみれば、追及した結果、恐ろしいものが出てきたらどうするべきかと考えると、知らない方が良いのではないかと思う。

 確かに、彼女の治療は効く。ならばそれだけで良いではないか。良いという事にしておこう。


「ところで、これらの書類は」

「ええ。報酬の受け取りと、資材の補給。あと、気は早いですけれど、次の出立に向けた準備ですね」


 相変わらず、厄介な表計算だ。しかし、まだ冬も半ばだというのに、もうこれらの準備を始めているのか。

 冬の間に一刻、刻一刻と多くの資金が消費されているのを見ると、実に人足というのは金食い虫だ。


「いつ、何があるか解りませんからね」


 とはエレインの言葉であるが、確かに準備しておいて損はないだろう。

 それとも何か、これから起きるという事を予想しているのだろうか。


「何か、不穏な動きでもあるのですか?」

「いえ、そういう訳でもありませんが。心配性だとは私も思うのですけれどね」


 書類をどかしていくと、冬の間に見直そうというのだろう、勤務評定やら契約書やらが出てくる。


「これって、僕が見ても良いのでしょうか」

「そうですね。問題はないと思いますけれど」

「そう、ですか」


 努めて内容を意識の外に置いて、手を動かすが、やはりそこに自分のものが含まれているとなると、気になるものだ。

 とはいえ、そこには当たり障りのない概要が書いてあるだけではあるのだが。

 何処に報告するものでもないので、名簿、といった方が近いだろうか。

 ヨアンのものには、紹介状が添付されており、中身を見るのはこれが初めてだった。

 そこには、父である騎士パウロの活躍と、家系図、そして推薦する旨が、かつての領主の名で記されていた。

 このような推挙の文言を見るのは少々、面映ゆい。ヨアン自身は別に何を為したという訳でもないのだから。


「……っと、これは」


 それらの中から出てきたのは、何通かの手紙。


「せめて、村には伝えておきたいものですからね」


 傭兵らの郷里に向けた、戦死報告。

 傭兵に身をやつした者らに、郷里の家族との関係が残っているのか、という疑問はあるが、その一枚にヨアンは思わず息を呑んだ。

 そう。プラットの郷里に向けた手紙である。


「何か、ヨアンさんも書くことがありますか?」

「……いえ。僕からは」


 思わず、胸から提げたお守りに手を当てる。

 これを返してしまうのも、手ではあるように思えたが、しかし、返すのなら手渡しにするべきではないだろうか。


「お湯をぉ」

「お持ちしました」


 双子が部屋に戻ってくる。彼女らからそれを受け取って、ヨアンは一息を吐いた。

 もしかしたら、これを書くための名簿なのかもしれない。


「僕が死んだら、何処に手紙が届くのでしょうね」

「……あまり、考えたくはないですが、おそらく、郷里の領主様の所ではないでしょうか」


 それもそうか。しかし、彼との接点はほとんどないと言っても良い。

 どのような気持ちで、それは受け取られるのだろうか。


「さて、書類を片付けましょうか」

「そうですね」


 一つ首を振って、益体もない考えを捨てる。

 とりあえず、やることはたっぷりとある。書類は山のようで、何処から手を付けるべきか悩むほどだ。


「しかし、僕が見直す必要って……」

「その、正直に言っても怒りませんか?」


 ざっと目を通しても特に間違いはないようだが、と疑問を口にすると、エレインが珍しく歯切れの悪い口調で返してくる。


「その。話し相手もいなくて暇で」

「……はい?」


 少々、恥ずかし気にした彼女の言葉は、何とも想定外の内容だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ