8.酒席
「おう、ギブソン! 貸し返せや!」
「早えなおい!」
ギブソン隊が泊まっているという宿の戸を蹴り開け、驚いた彼らが目を点にしてこちらを見ているのを確かめると、バーナードは大声で呼ばわった。
卓について杯を傾けていたギブソンらは、席を蹴って立ち上がると、歓迎するように両手を広げて見せる。
「無事でよかったぜ、おっさんらもよぉ」
「お前らも、お館様が話の解る方で助かったな」
席を空けたギブソンらに勧められ、エセルフリーダ隊の傭兵らも席に着く。
卓を囲んだ傭兵達は肩を叩き合うような様子だ。
「いやぁ、助かったぜ」
「ったく。いつもの事だがもうちょっと考えて動けよな」
「お貴族様が後ろ盾ってんだから、こういう時くらいはいいじゃねぇか」
「おいおい、お館様じゃなかったらどうなってたか解らないぜ」
とても、戦場で槍を交えて、この前は殴り合いをしていたような様子は見受けられず、ヨアンは困惑していた。
「おお、そうだ。おい、兄ちゃん」
「は、はい?」
ギブソンがふと気づいたようにヨアンの方に向き直ると、傭兵の一人を手招きした。
それは、ベアトリスにちょっかいをかけていた男で、直接に殴り合ったその一人である。
「なんつーか、すまなかったな」
「いえ、その」
殊勝にも頭を下げてそう言う男に、面食らってしまう。
「まったくよう。ヒトの女に手を出すとか何を考えてんだ。兄ちゃん、俺からも謝らせてくれ」
ギブソンが頭をガシガシと掻きながら続ける。
「いえ、その、別に彼女とはそういう関係では」
「は? いやいや、何言ってるんだ」
弁明しようとすれば、おかしなものを見るような目が向けられる。
「ちょっと待て、お前が酔っ払って、町娘に絡んだのが原因だったよな」
「へい。そんで、そこの兄ちゃんに」
ギブソンに問いかけられた男は、少し顔を嫌そうに歪めて続ける。
「……まぁ、脅されやして」
「脅した気は」
ないとは言えない。明らかに暴力をほのめかしてはいた。
とはいえ、弁明を続ける。つまり、ベアトリスとはただの知り合いであり、困っているようだから声をかけただけだと。
「ってことは何だい。兄ちゃん、只の知り合いの為に傭兵に喧嘩売ったのか」
そういうことになる。いや、何かおかしいだろうか。首を傾げると、呆れた、と言わんばかりの溜息が迎える。
「なぁ、俺らって何で喧嘩してたんだ」
「さぁ?」
そもそも、宣戦布告してきたのはギブソンらの方だ。
「別によう、無理やりどうこう。ってやつはうちの隊にゃいねえよ」
「えっ」
「何だその反応は。うちの隊は礼儀正しさで有名なんだぞ。なぁ?」
「へい」
ギブソンが後ろに問いかけた言葉に、傭兵らが唱和して答えたが、どうやらヨアンの知っている礼儀正しいとは随分と違うように思える。
さっそく酒盛りを始めて、頭から酒を浴びているようなものがいる状況のどこが礼儀正しいのだろうか。
もしかして、喋っている言語が違うのか。
「ま、盗賊紛いの傭兵団よりはマシだよな。盗賊よりは」
「おう、言ってくれるじゃねぇか。お貴族様の犬め」
「なんだとぅ」
横から入ってきたバーナードと悪口の応酬をしながら、すぐに二人は堪えきれなかったように笑いだす。
「ははは、まぁ、飲めよ」
「俺の金なんだがな」
「それもそうか」
二人は杯を打ち合わせて、一気に空にすると酒臭い息を吐く。
「なんだこの安酒」
「うっせぇ、文句言うない」
話も自分から離れたものかと、ヨアンは受け取った酒をちびちびと舐める。
麦酒である。それも質が良くないのか、よくわからない雑味がする。香草で誤魔化しているとはいえ、悪酔いしそうな味だった。
古くなった硬いチーズを齧りながら目の前のじゃれあいともいえない何かを眺めていた。
「で、兄ちゃん。お前さん僧侶か何かか」
「いえ、別にそういう訳ではないですけれど」
突然、話がこっちに戻ってくる。ころころと話題の変わるのは酔っ払いのそれであり、もうすっかりと出来上がっているようだった。
「にしたってよ、別に手前の女でもなかったんだろ」
「俺らも思ってたんだがな。遊びにも行かねぇみたいだし。兄ちゃん、それともソッチの趣味でもあるのか」
「ソッチ? 別に僕は普通だと思いますけれど」
「普通ねぇ……」
「他人の趣味はどうこう言わねぇけどよ」
全く、随分と下世話な話もあったものだ。そう憤りを覚えつつ、杯を重ねる。
「そういや兄ちゃんは騎士様んとこの家の出だったな」
「まぁ。とはいえ、父は代官でしたけれども」
「かーっ、そいつは羨ましいもんだな。騎士様んとこのボンか」
ギブソンは大げさに天を仰いで見せた。だからそんな感じなのか。と、溜息を吐いてみせる。
「俺らにゃ騎士になる。なんてのは夢物語なんだぜ」
「傭兵やってりゃ、やっぱなってみたいもんだよな」
獅子王国では、平民からも騎士を取り立てることはある。
とはいえ、戦功著しければあり得なくはない。という程度で、実際には騎士や貴族の子息がなることが多かった。
それも当然で、剣、槍、馬術の腕や読み書き算術といったものは平民が学べるようなことではないからだ。
「んで、その騎士様のボンがどうしてこんなところにいるんでい」
「それは……」
未だに思い出すたびに、気持ちが悪くなるような思い出だ。燃える村、灰と化した家々と、血の河。
「っと。この話はやめだやめ」
「……そうかい」
バーナードが間に入って止めたことで、ギブソンもおおよその事は察したようだった。
「そうだな、じゃあ、兄ちゃん、お前さん郷里に女でもいるのか」
前言撤回である。やはり、言わなくては気づかないものだろう。
バーナードがまた止めようとするところを止め、杯を飲み干す。
「もう一杯。いや、村は傭兵まがいの暴漢に焼かれてしまって」
「おいおい、兄ちゃん大丈夫か」
どんな顔色をしているものか。酔いに任せてすべてを吐き出してしまいたい気分だった。
構うものか、と、甕から手ずから酒をとる。この際、味なんてどうでもいい。
「将来を共にすると思ってた娘も居ましたよ。農夫の娘で、気立ての良い娘で……」
ブレンダ。努めて考えていなかったことが、ボロボロと口から出てくる。
「僕は、憎い。戦を持ち込んだ奴らが。それに、傭兵なんて……」
「おう。兄ちゃんも苦労しているみたいだな」
「苦労なんてしてませんよ。ただ、もう少し、あの時に留まっていれば。いや」
あそこで死んでしまった方がまだ、マシだったのかもしれない。
「大体、何が騎士の息子だってものですよ」
「俺もな、村がなくなった口でよ。何とか逃げ延びたところで、ようやく隊長に拾ってもらったんだ」
「俺もだ。何とか食いつなぐ為に盗みもしたもんだがよ」
「お前らもか」
いつの間にやら、酒場はしんみりとした雰囲気となっていた。
それまで暴れまわっていた傭兵らも、いつの間にかヨアンらの周りに集まっている。
「生きてりゃ良いことがある。なんて言わねぇけどよ」
「ま、どうせ死んだ身なら、精々、遊んでやるってもんだ」
全員が全員。傭兵などというものに身をやつしているのだから何かしらの理由があるものだろう。
村から追い出されるようにして兵役について、その後の身の振り方が解らない者、村を失った者、自ら飛び出した者。
そんなはぐれ者ばかりが集まっているのが、傭兵隊だった。
「ま、しんみりしてても仕様がねぇ! 飲むぞお前ら!」
「応」
黙って話を聞いていたギブソンが、周囲に声をかける。
「兄ちゃんもだ。飲み比べといこうじゃねえか。勝負つけるぞ」
「勝負?」
「ほら、このまえの戦場で言っただろ。ヨアンさんよ」
「ああ。そういえばそんなこともありましたね。わかりました。乗りましょう」
自棄になっていたことは否定できない。次々と渡される杯を干して、それからの記憶は怪しい。
なにか、傭兵達に混じって大声で騒いでいたような記憶はあるのだが。
おおよそ、常ならば避けるような酔っ払い共の大喧騒。
迷惑なそれだと思っていたが、どうしてそれが必要なのか、ようやくそれが解ったような気がする。




