7.弁明
「で、何をしていたのだ」
「はっ! 徒手格闘訓練であります!」
従士隊に囲まれて、街中を好奇の視線に晒されながら王城に出向いた傭兵隊は今、その中庭でエセルフリーダと対面していた。
彼女の顔に一瞬浮かんだのは苦笑であるが、この場では不適切な表情であろう、とすぐに如何にも真面目な無表情となった。
怜悧な印象の先立つ彼女が無表情となると、慣れた傭兵隊とて背筋が凍るような思いである。いわんや従士隊をば。
「間違いなく、エセルフリーダ卿の隊ですか?」
「ああ。私の隊だ。すまんな、手数をかけた」
複雑な表情を浮かべているのは従士隊長である。
王都の治安を預かる者として、此度の騒ぎは容認しかねるものであるが、騎士であるエセルフリーダ卿が関わるとなれば、表立って批判することも難しい。
確かに、従士隊は貴族の子弟をもって編成されており、後には騎士以上の位階を約束されているものではあるが、今はまだ王の従士、騎士見習い身分という事になる。
正式に騎士として国に剣を捧げた相手に対して、強気に出れるものだろうか。
「いえ、しかし……」
「皆まで言うな。私の方からきつく言っておく」
「卿がそう仰られるのなら」
許そう。という訳ではない。それ以上は追及できないという諦めである。
「あくまでも、我が隊は訓練をしていた。という事でな」
「はぁ。上にはそう言っておきますが」
従士を引き連れているから従士隊長、と見ていたが、どうやら彼は現場の、伍長、班長とも言うべき役回りのようだった。
上が居る、ということはそう言う事だろう。
「すまんな、少し訓練が激しかったようだ。これもまた我が国、王に仕える者として、兵の育成は大事であるから、どうしても必要なのだ」
「それは……そうでありましょうな」
「然れば、此度は街中で武器を抜いた訳でもなかろう。知っての通り、兵と言うのは少々、常識に欠けているからな。今後はもう少し穏便にするように言い含めておく」
「はぁ。しかし、どうにも別の集団が居たように思うのですが」
つまるところ、喧嘩、決闘、乱闘の類ではないか、と従士は尋ねる。
王都においては、特に戦時であるとして、貴族同士の決闘すら表向きは禁じられている。
従士、衛兵が事の鎮圧にあたる以上、貴族に対しては半ば形骸化しているとはいえ、平民のそれであれば、厳に戒められるものだ。
「そうなのか?」
「はっ、ギブソンの隊と共同訓練をしていました!」
「……ああ、あの猪武者の隊もこちらに来ていたのか」
「はい?」
「いや、こちらの話だ。どうやら敵方についていた隊と友好を深めるために一席設けたようだな」
傭兵は雇われているだけで敵味方はないとはいえ、多少なりとも遺恨は残るだろう。
それが戦場で出ないように友好を深め、次いで、連携の訓練をする必要もあるという訳だ。
切々と、というか、淡々と言い含めるように話し続けるエセルフリーダに、従士は段々とげんなりとした顔になっていく。
「解りました! 解りましたから! 我々も職務がありますので!」
「解ってくれたか。職務、ご苦労。諸君らの勤勉さには頭が下がるな」
「それでは、失礼します!」
それだけ言いおいて、従士隊は半ば逃げるように立ち去った。
さて、とばかりにエセルフリーダは改めて傭兵隊に向き直る。
「で、本当のところは?」
「いやぁ、ちょっとした親睦会ですな」
「ほう。親睦会」
彼女は肩眉を持ち上げ、ざっと視線を滑らせる。
青あざを目の周囲に作った者も居れば、服が破れて襤褸となっている者も居る。
幸い、というべきか、ちょっとした創傷や擦り傷、打撲、といったところで、骨折などの再起に時間がかかるような怪我はない。
「まあ、任せると言った手前、解っているとは思うが、今後は行儀よく頼むぞ」
「へい。それはもちろん」
エセルフリーダはそれだけ言うと、この話はもう終わった。とばかりに一つ頷いた。
「どうだ、何か問題はあるか」
「いえ、宿も快適で、金もまだ余裕がありやす」
「猪武者の方との話はもうついているのか」
「へい。お館様の御名前を借りることにはなりやしたが」
「構わん。そう何度も使われては困るが」
これ以上話はないな、とエセルフリーダは言うと、解散を告げた。
「ああ、ヨアン。貴様は後で……そうだな、明日にでもまた登城しろ」
「はっ……はい!?」
「あー、兄ちゃん。大変だな」
お叱りを頂くことになるのだろうか。それも仕方ないか。
いくら理解があるとはいえ、厄介ごとを招いたのは確かである。
重傷者が出なかったのは、不幸中の幸いというところであり、運が良かっただけである。
「処分はその時にでも告げよう。では、今日は戻れ」
「はい……」
気が重いところではある。さておき、他の傭兵らの背を追って歩き出した。
さすが城中というべきか、自由に歩くことは適わない。
傭兵らは行儀よく隊列を組んで動かなければならないのだ。
それでも、衛兵らには疑うような目を向けられるし、従士隊に至っては敵意と言ってもいいほどの視線である。
なるほどこれは、もう一度騒ぎでも起こそうものなら大変なことになりそうだ。
傭兵らもさすがに騒ぐような気にもならず、城門を潜って外に出てようやく胸をなでおろして溜息をついた。
「しかし、意外とお咎めはありませんでしたね」
「血気が盛んなら、その血をぬいてやる場所が必要、って訳だ」
「そういうものですか」
「そういうもんなんだ」
とりあえずこれでひと段落。
従士の横やりで勝負はうやむやになってしまったが、ギブソンの隊の因縁ともケリはついたのだ。
「ま、今日は奴らにたかってやるか」
「そいつはいいでやすな」
「貸し一つ、って言ってやしたもんな」
「奴らが何処に泊まってるかわかるか」
「へい、あんだけ目立つ奴らでやすからね」
ギブソン隊がこの街に来ていたことを知っていたのか。
それなら教えてくれてもよいのではないか、と思わなくもなかった。
「あの傭兵隊長と会うんですか」
「ああ、そういえば兄ちゃん、あいつに気に入られてたな」
「気に入……られていたのでしょうか?」
敵視されていたと思うのだが。
「ま、何も勝負ってのはやっとうでやるだけじゃねえよ」
「そういうものですか」
「そういうもんなんだ」




