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3.駈歩

 冬も深まり、寒さはいや増すばかりとなっていた。

 馬の手綱を握り市中を歩くと、この寒さの中でも街は出店や通行人に賑わっている。

 街を行く人々は白い息を吐き、手をこすり合わせていたが、その表情は暗くはない。

 売り子や店先で交渉する者、街角で雑談に花を咲かせる婦人方、それらの声が混ざりあって喧騒となっていた。

 陽気にあてられたか酔った男が連れだって、放歌などしながら道を歩んでいくのにも多少眉を顰める程度だ。


「これは進めそうにないな」


 知らず知らずに、道幅の三割程を出店に取られたような狭い道に入ってしまったヨアンは、前後を人に挟まれ進退窮まっていた。

 馬に乗った彼は人の波の中でひょっこりと取り残された島のような有り様だ。下手に動けば人を踏みつけそうなもので、降りて手綱を引こうにも降りる場所もない。


「邪魔だよ、そこをどけな!」

「すみません、そうしたいのは山々なのですが……」

「おいおい、何だってこんなところで止まってんだ」

「それがどうにも動けないってんで」


 馬に乗っているということで今までは表立って文句も言われなかったが、遂に籠を手にした恰幅の良いご婦人に怒鳴られる。

 そうしているとそれまで黙っていた者たちもそれに乗ってやんやと囃したて始めた。

 ヨアンを見れば、格好は質素で馬も少々頼りないがまぁ、田舎貴族にも見えないことはない。

 それが弱気な態度に出ているのだから、これが面白いものらしい。


「ほらほら、皆、道を開けてやりな」

「殿様が通るぜ」


 結局、暫くの間、話のネタにされた後、街の住人に手綱を預けて、その中を通ることになった。

 集まる視線に恥じて下を向いたところで、馬上に居るので顔を隠すこともできない。


「堂々としてれば良いってのに、あんた、騎士様かなんかだろ?」

「いや、騎士の子ってだけで、今は平民なのですが」

「十分だよ。それで、そんな形してて腰から剣ぶら下げてたらそのうち騎士様にでもなれるだろうさ」


 簡単に言ってくれる。と思ったが、騎士の子は騎士になりやすい、という話も本当だ。

 平民たちの認識としてはそんなもので、拍車の色などというものはそれほど気にして見ているものではなかった。

 騎士は身分で騎兵は役割、という事もおそらくは解っていないだろう。

 しかし、ヨアンは確かに地元の領主からの推薦もあり、働き如何によっては叙任も夢ではない立場である。


「いやぁ、俺らからしてみれば羨ましい所だがね」

「何だ、手前、戦場に出たいのか」

「ああそっか、それは面倒だな」


 などとやりあって笑っている者も居るが、確かに、恵まれた立場といえばそうなのである。

 何だかんだとついてくる町人らと話しながら小路を歩いていると、彼らの悪戯気な態度の下に、悪気のなさを感じた。

 多分、困っているのを見かねて、しかし、正直に手助けをするのが恥ずかしかったのだろう。


「はいよ、ここまで来れば出れるだろ?」

「ありがとうございます。幾らか包めれば良いのですが」

「やだねぇ、田舎者から巻き上げるほど腐っちゃいないよ」

「そうそう。兄ちゃん、若者からは取れねぇよ」

「田舎者……」


 多分、口の悪さは常のものなのだろう。

 いやしかし、本当の事とは言え、面と向かって言われるとなかなか辛いものがあった。


「ほら、さっさと行っちまいな」

「兄ちゃん、今度は道に気を付けるんだぜ」


 押し付けられるように手綱を握り、今度は気づけば街の端まで出ていた。

 小高い丘に登ってみれば、広大な平原を抱える獅子王国の王都を一望できる。

 夏であれば、一面の黄金色となった麦畑を見れるだろうが、今は冬。黒い大地がむき出しになり、物寂しさを感じさせた。

 かつてはここに別の集落があったのか、丘の周りには朽ちた教会や小屋がある。

 冬も深まり、短くなった日が斜めに差す。このあたりには人の気配もなく、寒気に背筋を震わせ、馬の首を巡らせれば、赤く照らし出された街が目に入った。

 街は無骨な王城と、教会の一段と高い尖塔の両方を中心に広がっており、それらが組み合わさって楕円状の城壁に囲まれている。

 城壁は幾重かに築かれており、街の発展と共に拡張されていったことが窺われた。

 結果として、複雑な構造になったそこは、曲がりくねった道と合わさり、上から見れば半ば迷路のようだ。


「運動はもう十分かな?」


 と、首を伸ばして道草を食もうとする乗馬を抑えながら尋ねる。

 もちろん、彼が答える訳はないのだが。声を掛ければ軽く鼻を鳴らして見せた。

 何だかんだと言いつつも、正午近くからこの時間まで歩いていたのだから、十分だろう。

 丘から街を見下ろして、宿への道を軽く見定める。先ほどは小道に出てしまったが、大通りを通れば一本でここまで来れるはずだ。


「日が落ちきる前にはつかないとね」


 冬の夕陽はあっという間に落ちていくもので、広い王都の端から宿に向かうには少々急がねばならないようだ。

 拍車を付けていない脚でぎゅっと圧してやると、首を一つ振って馬は駆けだした。

 この辺りは道も舗装されていないもので、人通りもないそこを駈歩で飛ばすのは中々に爽快なものだった。

 馬もここまでゆったりとしか歩かせていなかったもので、走りたくて仕様がないという様子だった。

 こうなれば馬任せだ。手綱を緩めて揺れに任せる。思わず笑みが漏れていた。市中に入るまではあっという間であり、歩を緩めるのが惜しいくらいだ。

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