2.訓練
ゴガン、と、硬いもの同士がぶつかる音が宿の裏庭に響いた。
「お館様、容赦ねぇなぁ」
「あれ大丈夫なのか?」
エセルフリーダの木剣がヨアンの鉄帽を叩いた音である。
見事なまでに響いた音に、見学しに来た傭兵らが小声でささやき合う。あの当たり方はマズい、と察していたのだ。
木でできたそれとはいえ、訓練用に十分な強度を持たせるために結構な重さがある。
鉄帽の上からでもまともに受ければすさまじい衝撃で、それが証拠にヨアンの足がふらりと揺れた。
「当たる最後まで見ていろ。目を逸らすな」
「……はい」
付きかけた膝に力を込めて、何とか持ち直すと次の一撃が飛んでくる。
焦ってその剣を受け止めようとするが、そんな小手先の技では通用しないとばかりにいつの間にか剣尖が体に届いていた。
肺の腑まで響く打撃に、思わずうずくまる。暫く息もできず、思わず兜の顎紐を緩めた。
「止まるな。死ぬぞ」
「……はい」
どんな打撃を受けても、死んではいないのなら動き続けろ、と言うのである。
諦めれば死ぬのだから、一時の苦痛は忘れろ。と、言いたいことは解るのだが、実際に出来るかは別問題だ。
段々と自身の体と意識が離れて行くように感じた。どこか俯瞰するような気分である。
それで多少は楽になった。何とか身を捩り、剣を当て、当たるのならせめて勢いを減じようと努める。
「うっわ……」
洗濯の為に井戸まで出てきていた宿の娘が、あんまりな光景に引きつった笑みを浮かべている。
無様さを笑ってやろう、とばかりに見学しにきた傭兵らもいまや心配の声を上げるほどである。
そんな観客たちも途中で飽きて離れて行き、宿の裏庭には鈍い打撃音とわずかな会話の声だけが暫く響いていた。
「口で説明するのも難しいからな、体で覚えろ」
と言ったエセルフリーダの言葉に従った結果がこれである。
解らなくもない。どんな攻撃が来るのか、自分がやられて嫌なことは何か、実戦形式で教わった方が手っ取り早い。
痛みを感じれば、それを逃れるために自然と防御を覚えるだろうし、見ているうちにどのような攻め手があるかも解ろうものだ。
「……エセルフリーダ様もこうして剣を学んだのだろうか」
彼女が宿に立ち寄った時間一杯に稽古を付けられて……と言うよりも一方的に殴られ続けて、ヨアンは地面に大の字に倒れて呟いた。
結局、満足に一太刀を浴びせることもできず、防戦一方で終わってしまった。
隙と見て切りかかっても、容易く剣を逸らされ、あるいは避けられて返す一撃に撃ち伏されるのだ。
ヨアンの剣は浅く、鎧を身にまとった相手には有効打とはならないだろう。
地面は冷たいが、火照った体には心地よいくらいだ。立ち上がる気力も湧かずしばらくそうしていると、誰かが土を踏む音がした。
「大丈夫なの?」
「あ、ええ。大丈夫です」
首を動かすのも億劫で、傭兵の一人が様子を見に来たものかと思っていれば、掛けられた声は高く、倒れたこちらを覗き込んだ顔は黒髪の少女だった。
手には杯を持っていることから、心配して様子を見に来たものかも知れない。
「すみません。心配をかけましたか?」
「いや、別に良いのだけれど、裏庭に倒れられてても困るから」
外の目もあるし、という言葉にそれもそうか。と木剣を支えに上体を起こす。
別に期待していた訳ではないが、なかなか厳しい物言いだ。
木剣を杖代わりにするのはあまり褒められたことでもないが、それを見ている者もいない。
「はい、水。起きたんだったらさっさと動いてね」
「ありがとうございます」
それだけ言うと彼女は背を向けて宿の中へと消えていく。
ぽつりと呟いた、気絶している訳ではなかったのか、という旨の言葉から察するに、この水を頭からぶっかけてやろうという算段だったのかもしれない。
宿で働いているからだろうか、昨日の様子を見ているうちにも、荒くれものの扱いには手慣れているようで、中々強かに見えた。
「寒いな」
水を飲みながらようやく人心地をつき、汗に濡れた体が急に冷えていくのを感じた。
この前も熱病にかかったばかりだ。だらだらしていないで屋内に入った方が良いだろう。
土付けてしまった鎖帷子を軽く払って立ち上がる。金属の擦れ合う音を立てたそれは酷く重く感じた。
「おう、兄ちゃん戻ったか。手酷くやられたみたいだなぁ」
「どうにも、まだまだですね」
食堂で出迎えたバーナードに苦笑を返すしかない。
卓上に鉄兜を置いて、どっかと椅子に座る。労いにと出された麦酒に、礼を言って口をつけた。
葡萄酒よりも下に見られるものだが、今ばかりはそれと違って喉が渇かなくて良い。
「若も休みなのに熱心ですな」
「逆ですよ、休みでもなければできないから」
酒気に赤くなった顔で話しかけてくる若衆の一人に応えれば、そんなものか、と首をひねっている。
どんな仕事でも訓練などという悠長なことも言っていられず、現場で働きながら覚えろ、というのが一般的なのは確かだった。
それこそ、そんなことが出来るのは余裕のある貴族くらいなものだ、という認識である。
「馬の世話もしなきゃいけないし」
時折、乗ってやらなければ冬の間に肥えてしまうだろうし、ついでに練習にもなって良いだろう。
剣に馬に、どちらも一朝一夕で扱えるようになるものでもなく、ヨアンは少々焦りを感じていた。
「最低限、身につけておかないと」
そうすれば、多少は自らの、そして隊の安全にもつながるだろう。そう考えていたものである。




