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3.追撃

「お館様、賊を見つけやした」

「そうか。やはりそう遠くへは行っていなかったようだな」

「へい。それどころか焚火まで焚いてやがって」


 エセルフリーダら傭兵隊は、休みなしで賊の後を追っていた。夜を越すために、賊もそう遠くへは行っていないはずだった。

 ヨアンは、休んでいろ、という言葉を受けて木に背を預けつつ、その話を聞いていた。負傷と、そのあとの運動のために疲労はあったはずだが、それらは感じられなかった。

 ただただ目が冴えて、寒い。近くに火が焚かれているのだが、歯の根ががたがたと震えている。長々と話し続けるエセルフリーダらに苛立ちを覚えてはいたが、自分一人では何もできないというのは自明の理だ。


「掛物、お使いください」

「あ、ありがとう……」


 厚手の布を手渡してくれたのは、エレインだった。口の端は微笑みの形に持ち上げているが、眉は困ったように下がっている。


「寒いようでしたら、今、水を沸かしてきますので」

「……どうして、いえ」


 困っている者の事を放っておけない性格なのだろう。まだ出会って数刻ほども経っていないだろうが、それでも見ていればわかる。

 常に周りに気を配り、少女二人――この二人は双子だろうか、よく似ていた――と共に傭兵らの中を歩きまわって彼らの世話を焼いていた。


「え?」

「いえ、何でも。ありがとうございます」


 どういたしまして、とまた微笑んで彼女は言うと、傭兵らの中に戻っていく。ヨアンはひとまず、布に包まって寒さをこらえる。不思議と歯の震えは収まっていた。

 気を紛らわすように周りを見れば、みな中年から壮年と言って良い、熟練の傭兵然とした男ばかりだ。数人はヨアンとそう歳も変わらないだろう青年もいたが、傭兵隊ではこれが普通なのだろうか。


「敵勢の規模はどれほどだ」

「二十から三十、荷馬車が二つに軍馬は一頭ってところで」


 相変わらず、エセルフリーダは話を続けている。一体いつになれば奴らを追いかけられるのか。


「お兄さん」

「随分と剣呑な顔してるねー」

「……何か御用ですか」


 話しかけてきたのはエレインの傍に付いていた双子の少女である。赤毛の髪を肩口に切りそろえ、大きな翠の瞳でこちらを覗き込んでいる。

 年端もいかない少女相手とはいえ、茶化すような調子で話しかけられれば、反感を覚えても仕方がないだろう。


「今からそんなんじゃぁ」

「この先もたない」

「とはいえ、一体いつになったら奴らを……」


 ヨアンは思わずその先を言い淀む。少女らに言うような言葉ではないように感じられたのだ。


「殺せるか」

「かなぁ?」


 くすくす、と二人は実に面白そうに笑う。思わず仏頂面になったヨアンの顔が面白かったのだろうか。そのまま、踊るように彼女らは離れていった。

 入れ違いにこちらへ近づいてきたのは、バーナードだ。どうやら、エセルフリーダ達の話も終わったようである。


「お前、人を殺った事ないだろ」


 一言目からして、それだった。先ほどの双子との話が聞こえていたのだろうか。若干、苦笑めいて口の端を歪ませると、髭の生えた顎を摺った。


「すまんな。ニナ坊もナナ坊も随分可愛げなく育ったもんだ」

「……いえ」


 ニナとナナ、というのはあの双子の事だろう。傭兵隊の中に居るにしては異質な存在に思えたが、バーナードの語りぶりから考えるに、長く彼らと行動を共にしているようだ。生き死になどすぐ間近なもので、特に躊躇うような事でもないのだろう。


「で、どうなんだ?」

「まぁ、直接は」


 農村で暮らしていれば、いくらでも人の死に際には出会う。流行り病然り、事故然り。昨日まで元気だった者が何が原因かころっと亡くなることも少なくない。

 ヨアンからしてみれば賊を殺める程度、家畜を解体するのと何が違うのか、と感じられるものである。


「いかんな」

「はい?」


 気付けば、バーナードはヨアンの表情を観察するように、じっと目を向けていた。


「いや、いや。今はそれでよかろう」


 一体、この男は何が言いたいのだろうか。先ほどからの何もかもお見通し、とばかりの態度に心が毛羽立つのを感じる。


「で、いつになったら出るんですか?」

「応、あと二刻ばかり経ってからの出立だな」

「……それは、ずいぶんとのんびりしていますね」


 二刻、つまり四時間。月を見上げてざっと時間を考えれば今は十と半刻の二十一時だろうか。常であればとっくに寝ている時間である。


「夜陰に紛れてやっちまおう、って寸法さ」


 聞けば、賊が野営している陣は二里ほども離れたところに有るらしい。未だこちらを見つけてはいないようで、しかし、わざわざ村の外に出ているという事は多少は警戒しているのかもしれない。

 となれば、眠りも深くなる夜更けに急襲して討ち取ってしまおう。という話らしい。おおよそ騎士らしからぬ仕打ちで、しかし賊には当然の扱いには思える。思わずヨアンは薄暗い笑みを浮かべていた。


「それは良いですね」

「本当にそう思うかい」

「ええ、奴らには良い報いでしょう」


 努めて考えないようにしていた父の、そしてブレンダの死に様を思い出してしまえば、目の前が真っ赤に染まるほどの怒りが湧いてくる。

 それとは逆に血の気はすっと頭から落ちて、思わず奥歯がカタカタと鳴り、寒さをこらえるように自らの体を思わず抱いた。


「おいおい、顔が真っ青じゃねぇか。この後、大丈夫か」

「ええ、寧ろ、調子は良いくらいです」


 自分には復讐の権利と、義務がある。今ならば何も恐れることはなく出来る気がした。

 月明かりで照らされた、仄暗い道を睨みつける。賊どもはそちらの方に居るはずで、この勢いが消える前に駆けだしてしまいたかった。

 起こしてやるから少し寝とけ、という言葉を残してバーナードは離れていったが、どうしてもそういう気にはなれない。

 ヨアンはじりじりと経つ時間の中、自身が鋭くなっていくような感覚を覚えていた。考えは一点に集中する。

 まさに永遠とも思える時間。一つの考えの中に潜ってどれだけ経ったか。溺れそうなほどに狂おしく待った時間は、やがて、白銀の騎士の一声で覚める。


「時間だ。武器を持て」


 大きくもない声の一言。続々と兵が立ち上がる。ヨアンもまたその一人だ。覚悟はとっくに決まっている。


「そういや兄ちゃん、何使えるんだ?」

「剣を少しばかり……」


 父から多少の手ほどきを受けている。腰には、やはり彼の持っていた剣を提げていた。遺品である。

 装飾一つない無骨さではあったが、数打ちではなく職工に特別に打たせた剣は、父の自慢の一品であった。


「剣、かぁ」


 バーナードは微妙に渋い顔をしている。戦場で使う武器と言えば、何をおいてもまず槍である。

 集団で戦うのを考えると良い。槍ならば構えて突き出すだけで密集していても場所を取らないし、さほど訓練していなくても効果が出る。極論、構えていれば近づくことはできない。

 一方で、剣というものは、突き出すだけであれば槍よりも短く、では長ければどうか、となると効果的に用いようと思えば振らねばならないが、そうすると密集することは難しい。

 乱戦の中や一対一の場であれば、あるいは槍に勝ることもあるかもしれないが、それは仕手の力量に依存するし、狭い場所でも用いやすいといった利点や、携帯性の良さ、如何様にも扱える万能性が一種の利点とはなるが、何をするにも中途半端。

 何より剣は作るのに槍の穂先とは比べ物にならないほどの鋼を用いるし、よく切れる剣を作るのには熟練の技術を要する。騎士が剣を持つのは一種、剣を持っているというステータスであり、また、騎兵という兵科が機動力を有する故に孤立しやすく、乱戦に陥ったときの備えとしての一面も大きい。

 その騎士からして、主たる武器は騎兵槍であり、馬上で剣を用いるのは時に無作法とされるものであった。

 剣を実戦に用いようと思えば、それは個人での戦いとなるだろう。扱いに長けた仕手がその万能性を活かして、他の武器の弱みにつけこむ。

 そういった用途では剣は無類の武器であるし、だからこそ副武器、あるいは平時に携行する武器として好まれているものである。


「まぁ、今回は剣の方が良いか」


 星を百ほど数えられるほどの時間、空を仰いで何かの算段でもつけようとしていたように思えたバーナードは、溜息をつくように、やっとそう言った。

 今回は賊の野営地に乗り込んでの奇襲である。隊列を整えて正面からぶつかる訳ではないのだし、寧ろ槍よりも小回りの利く武器の出番だろう。


「途中で捨てても良いから持ってきな」


 それでも、と手渡されたのは簡素な槍である。ソケット式に木の棒に差し込んだだけの短い穂先がついているそれは、ただ尖っているだけ、といった風情だった。

 扱いやすいようにと身の丈ほどの長さしかなかったが、それだけでも相手との距離が保てる安心感が違う。ついでとばかりに渡された鉄帽子を被れば、それだけで準備完了だ。


「いくぞ」

「応」


 そうこうしている間に隊列を整えた部隊は、暗闇の中歩き始めた。焚火や松明といったものを用いていなかったために、夜闇には目が慣れている。寧ろ、月明かりが眩しいくらいだ。

 整備されていない道は少々荒れていたが、エセルフリーダの白い乗馬を先導に、道中特に危うげもなく兵は進んでいく。

 静寂の中で、武具の摺れる音と、足音が、大きく響くように感じた。代り映えのしない道中で、やがて傭兵隊は止まる。


「ここからは静かに行くぞ」


 エセルフリーダの声に、傭兵達は口を噤んで頷いた。彼女も馬を降り、一人に手綱を預ける。

 数名を残して、手振りで傭兵らを招き寄せた。当然、ヨアンもついていく側である。バーナードの後ろを追う。

 一旦、森の中に入って息を潜めて歩き出す。全身鎧ではないとはいえ重装備のエセルフリーダだったが、どうしたものか音を立てることもなくするすると歩いていく。

 むしろ、それを追いかけるヨアンやほかの兵らが枝を踏む音の方が大きく、時にぎくりとして冷や汗をかくものである。

 エセルフリーダが止まれ、の合図と共に姿勢を低くするのに合わせて、傭兵らもまた腰を落とした。

 賊の陣地は天然の絶壁を背にしており、おそらくは過去に野営で使われていたのだろう広場だった。街道からは外れており、草の生えっぱなしの場所だが、潜むのにはもってこいの場所だ。

 風よけのためか、簡単に木の板が立てられており、ちょっとした拠点の様相を呈している。


「見えるか」

「二人……いや、三人見張りがいますな」


 長弓を肩にかけた兵とエセルフリーダが小さく声を交わす。この長弓を持った者はフェルトの帽子に革の短衣という軽装である。角笛こそ持っていなかったが、その装いは猟師のそれだった。


「一発でやれるか」

「……勿論」


 彼はしばらく距離を目測しながら何事か考えていた様子だったが、エセルフリーダの言葉を請け負ってみせると、手早く数人の、同様に長弓を持った者を連れて配置につく。

 バーナードはヨアンの肩をたたいた。振りむけば、射かけると同時に出るぞ、という合図である。槍の柄を握る。なにやら足元がふわふわとしたような気分だ。


「一、二の……」


 斉射のタイミングを合わせるためにフェルト帽子の兵が三つを数える。

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