1.休暇
冬にも関わらず、街は意外なほどの活気に溢れていた。
騎馬のまま乗り入れたエセルフリーダに対する町人たちの視線は歓迎の色も濃い。
大通りには馬車や通行人が行き交い、出店には色とりどりの商品が並べられている。
石を敷き詰めた道は見た目にも良いが、朝の寒気に凍った路面は滑りやすく、蹄鉄を滑らせた騎馬がたたらを踏む。
「おっとっと」
「おうおう兄ちゃん、危ねぇな」
足取りも軽い傭兵らだったが、馬体に押されれば流石に顔色を変える。
軽く数人分の体重はある馬に足を踏まれれば、骨折は免れない。ついでに蹴られれば死ねる。
「すみません。どうにも足元が悪くて」
「お館様の方はそうは見えないがなぁ」
「いや、それは比較対象が」
おかしい。と続けようとして言葉を飲む。
実際、エセルフリーダはするすると馬を進めていくが、あれは馬と騎手との両方の練度が高いからだろう。
「この冬の間に、馬術でも習おうかな……」
「良い心掛けだが、その前に剣を鍛えた方が良いんじゃないか」
バーナードの言う事は至極全うである。結局、一冬程度で騎馬戦闘が出来るほどになるとは思えなかったし、それならまだ使える剣を鍛えた方が容易かろう。
「お館様も手解きしてくださるようだしな」
「有り難いことです……」
失礼な話、少し、いや、かなり恐いのだが。
意外と、と言うべきか、バーナードを通して剣を習いたい旨を伝えたところ、エセルフリーダは二つ返事で請け負った。
冬の間は暇とはいえ、彼女は彼女ですることもあるだろうに。
「若衆の連中も、休みの間に軽く揉んでやるかな」
放っておいても良いのだろうが、やることもなく腐っているよりはずっといいだろう。
「体も鈍っちまうからな。偶にゃ動かねえと」
「えー、面倒っすよ」
「いやいや、意外と暇になってくるもんだからな」
「そうそう。ただ遊んで過ごすのも意外ときついぞ」
初めての街という事で浮かれていたのもあり、渋る若衆だったが、その辺りは先輩らの声を受けてそういうものか、と首を捻っている。
「ようこそいらっしゃいませ」
「ああ、世話になる」
そうこうしているうちに宿につく。事前から準備していたのか、扉の前に立った宿の主はホクホク顔で揉み手なぞしていた。
下男が馬を引き取って、馬屋へと連れて行く。手入れなども済ませてしまうから、という事だった。
「うーっし、お前ら、荷を下ろすぞ」
「応」
と、傭兵らは陣地でまとめたばかりの荷を崩していく。
「誰だこんなにきつく縛ったやつ」
「それ、お前さんじゃなかったか」
「そうだっけか? 駄目だなぁ、後を考えねぇと」
「おい、荷が崩れてるぞこっち」
乗せる時は乗せることを、下ろすときは下ろすことしか考えていないもので、荷解きに難儀しながらも、自然、皆が笑いあっていた。
これからしばらくは久しぶりの休みで、早く仕事を終わらせてしまおうと、この時ばかりは皆、動きも早かった。
「よし、ではバーナード、後は任せたぞ」
「へい、お館様もお休み下せえ」
「そうだな、そうできれば良いのだが」
珍しく軽い口を叩いたバーナードにエセルフリーダも乗って苦笑を返す。
彼女ら、エセルフリーダにエレイン、それに双子はこれから王城の方に向かう予定になっていた。
さすがに貴族が街宿に泊まる、という事は早々ない。諸侯との食事会やらなにやら、これからも気が落ち着かない行事が待っていることを心得ているので、笑みも苦いものになる。
「暇があれば顔を出すから」
「それでは、しばらく。皆さんもいい休暇を」
「じゃあねぇ」
「羽目、外し過ぎないでね」
そう言いおいて、馬車を一台残し、彼女らは去っていく。
後に残されたのは傭兵らで、お目付け役も居なくなったものだから、際限なく騒がしくなっていく。
「よーしよし、今日はお館様が置いてって下すった金で飲むぞ」
「いやー、この時を待ってたんだよ」
「冷えるからなぁ、早いとこあったまりてえもんだ」
寒い中の荷運びは中々、体の節々にも堪える。手をすり合わせ、膝や肩を叩きながら吐く息も白く。
戦場という場から離れて自然に振舞っている彼らを見ると、古参の者らは酷く歳をとって見えた。
「旦那、俺らがやりますぜ」
「若衆の力の見せどころだな」
見かねて、という訳でもないだろうが、すいすいと若衆が荷物を受け取って代わりに運んでいく。
元々、農作業で鍛えられているもので、寧ろこれこそが本業といわんばかりの働きである。
「おお、おお。やっぱ若ぇなぁ」
「お前、年寄りくせえぞ」
「仕方ねえだろ。もう引退してえぐれえだ」
「違えねえなぁ」
「隠居したいのか?」
「いや、出来ねえなぁ」
「それもそうだ」
古参の傭兵らは遂に眩しいものを見るように隅っこで固まって、煤けた背中を寄せ合う始末だ。
「終わりやしたぜ!」
「応、ありがとな」
作業の後に入る宿の広間は暖炉に温められており、人いきれも合わせて熱いくらいだった。
十分な広さを持つそこを見回すと、てきぱきと働く温めたスパイス入りの葡萄酒を配る娘に目を取られた。
黒い髪を一つにまとめ、その細腕でどうしたものか、いくつもの木の杯を持ち歩いている。こちらの視線に気づくと、わずかに眉を顰めて見せた。
「っ……」
ヨアンは思わず息を呑んだ。その姿が田舎の幼馴染に重なって見えたのだ。
しかしそれも一瞬のことで、よくよく見れば、黒髪以外に似たところはない。
「どうした兄ちゃん」
「……いえ、何でもありません」
一つ溜息を吐いて、席に着く。久々に屋根のある場所で旅の塵を落とすのももどかしく、その晩の傭兵隊は酒で酒を呑み、酒に溺れるような有様だった。




